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迷い人に孫の手を2<3>

   

 人と人が出会いながら、毎日は淡々と過ぎて行く。思うが思うまいが、人の時間は止まらないのだから。
 
 迷い人に孫の手を2。

 第三話と相成ります。どうぞご賞味下さいませ。

○抜粋○

「はっきり言ってやろうか?」

 トクさんの口元は固く閉ざされていて、苛立ちが全身に溢れていた。道場の中で、僕は立ち尽くしている。怒られている。
 そう思う程に、トクさんの声は深く鋭く僕の心に届いていた。

「『見て』『知る』事を『拒否』してんじゃねえ」

 その言葉が、心臓を跳ねさせた。

「っそれは……」
「見たくねぇって、見るべきもんから背ぇ向けてんだよ、お前は」

 胃の奥にトクさんの皺枯れた声が深く突き刺さる。

○○○

 

 
「いい天気だな」
「それはもう、良い心地です」

 徳野家の縁側で、トクさんと僕は佇んでいた。
 互いの間に話せという空気はなく、ただ静かに、縁側の時間を一分ほど過ごす。トクさんは自分用に携えた茶を飲んでいる。二人肩を並べて、庭を眺めている。

「退屈か?」
「そうでもありません。割と楽しんでいますよ」
「そりゃ何よりだ」

 初老と若造が縁側で二人、のんびりと庭を眺めている光景は外から見るとどう映るのだろうか。特に会話を急くわけでもなく、トクさんは黙ってそこに居てくれた。ほんの数分の、沈黙の時間が心地よい。

「トクさん、お時間ありますか? 将棋でもどうですか?」
「ん、打ちながら話すか?」
「はい。お願いします」

 僕の真意は伝わっていたらしい。トクさんが立ち上がり、僕もそれに続く。トクさんが用意してくれる将棋盤を挟んで対面に座り、互いに駒を並べていく。
 将棋に限った話ではないけれど、誰かと対面で座って話す機会は、仕事を覗くと日常の中では案外少ないように思う。

「今日、秋穂ちゃんと買い物に行きました」
「また荷物持ちか。相当に暇そうだな」

 今日の秋穂ちゃんとの買い物話をしながら、将棋の準備を進める。トクさんに顎で進められて、先手を打つ。続いてトクさんが打ち、次いで僕の差しが続く。

 途中から会話が無くなり、長考が多くなっていく。

「柳瀬よ、悩み事か?」

 将棋の駒に手を付けたところで、トクさんに問われ、僕は押し黙る。この人には適わない。僕は言葉を探しながら、無言で将棋を差した。

 トクさんと会って一ヶ月近くが経っている。週末は徳野家に訪れ、毎週泊めて貰っている。気が付けばトクさんの家が落ち着くようになっている自分が居る。
 今日のようにトクさんが居なくても徳野家に居る状態もあり、秋穂ちゃんにも甘えている感じがする。だからこそ、今の状態が酷くダメな気がしてもやもやとしていた。

「自分の部屋にいると無性に暇なんです。だからなのか、こちらに伺ってしまいます」
「何か問題あるのか? わしは別にかまわんぜ?」
「そうなんですが……」

 秋穂ちゃんが出掛けるとなればすぐに出て行く事にはなっている。秋穂ちゃんはそれでいいと言ってくれるし、トクさんも「気にするな阿呆が」と一喝してくれた。
 そうやって休日の時間をトクさんの傍で過ごしているとなおさら解る事があった。僕はたぶん、やることがないのだ。

「何かを求めている自分が居ます。でも何も、趣味と呼べるような何かがないんです」

 昨日、同期の森と話をしながら思った事だ。
 トクさんと出会ってから、時間と言うものを意識するようになった。時間は有限だからこそ、何かをしたいと思う。

 ただそう思うだけで、何もできないのが今の僕だ。

 

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