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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

『蒼色推理』−雪銀館事件− 第一章「いざ、雪銀館へ」 1

   2015年9月18日  

探偵小説家・蒼野優作(あおの・ゆうさく)は夢を見ていた。
少年時代の懐かしくも切ない夢だ。
だが、起きた早々、担当編集者から出張会議の連絡が?
急げ、遅刻だ、蒼野!

 

久しぶりに嫌な夢を見た。寝ぼけ半分の俺は、目覚まし時計に目を向けた。午前八時。悪くはない時間だ。
俺は虚ろな意識の中で、昨日は何をしていたか、今日は何をするかを思い出していた。昨日は、年末までに締め切り予定の小説を書き上げたところだと思い出した。この小説を仕上げたら、さっさと編集者に原稿を渡して、スキーを滑りに行く。今日は旅支度をする日だったかな。
おっと、そんなことはどうでもいい。自己紹介が遅れた。俺の名前は蒼野優作(あおの・ゆうさく)。二十七歳。独身。眼鏡が似合う渋い男。職業は小説家。自称探偵小説家ではあるが、世間一般と文壇の認識では、三文小説家だ。
なぜ、三文小説家という認識が広まったのか。それは、言うまでもない。俺が、日本三文小説賞というフザケタ名前の文学賞を大賞で受賞してしまったからだ。そこから全てが始まっている。
小説家を目指したのは、小学生の頃からだった。大半の人間は、子どもの頃に抱いた夢を大人になるにつれて妥協するものかもしれない。でも俺は逆に大人になるにつれてその夢が大きく膨らんでいった。大学では文学部に行き、創作サークルに入り、卒業論文は探偵小説の考察に費やした。大学生の頃から様々な文学賞に投稿するようになっていた。
主軸は探偵小説と決めていたのであるけれど……。小説家になれればとりあえずいいや、という思いで、様々なジャンルにも投稿した。探偵小説以外にも、純文学、ライトノベル、SF、ホラー、ファンタジー、色々と試みた。しかし結果はどれも惨敗。一次選考すら通らない日が続いたときには、俺の才能ではもはやここまでか、と何度、投げ出そうとしかことか。
ある日、俺はとんでもない新人賞を発見してしまった。それが、日本三文小説賞だ。最初は見向きもしなかった。あたりまえだ。そんな賞を取ってしまったとしても、先の人生真っ暗だからだ。だけれどあらゆる新人賞で見事に惨敗した俺には、地獄で仏を見たような思いだった。俺、これだけ新人賞で惨敗しているんだから、もしかしたら、三文小説だったら、才能あるよな? 俺は新しく発見した自分の才能に賭けてみようと思った。
とりあえず、冗談半分で俺は投稿した。小説のタイトルは『蒼色の研究』といった。探偵小説好きの読者ならもうわかったかもしれないが、これはコナン・ドイルの『緋色の研究』をもじったものだ。ちなみに『緋色の研究』はホームズものの第一作目の長編探偵小説のことだ。すごく簡単に言えば、事情があって女を取られた男が、イギリスとアメリカを跨って復讐のために連続殺人事件を起こす物語である。また、この事件を通して、助手のワトソンがホームズの名推理を発見する出だしの話でもある。
そのような名推理とは対極的に、俺の『蒼色の研究』は、俺扮する三文文士の探偵小説家が事件をめちゃくちゃに破壊していく話だ。通常、探偵小説では、プロットの論理が大事である。本格推理ならばバリバリのトリックが出てくる。あたりまえだが、探偵が推理して犯人を追いつめ、事件を解決する。
俺の小説はプロットもトリックも完璧に狂っていた。もはや探偵も犯人も被害者もキャラクター役割が存在することが不可能だった。事件は解決するどころか余計に迷走してエンディングを迎える。本格推理の探偵小説としては、まさに三流の出来だ。
どうせ受賞するわけがないと、冗談半分で投稿したはずの小説だった。しかし結果は逆転さよならホームラン。俺の『蒼色の研究』は大賞を受賞してしまった。
受賞してからの俺の生活はガラリと変わった。大学を出てから喫茶店の皿洗いや古本屋の店員をやりながら何とか食いつないでいた五年間であった。やっとこの生活から解放されて、小説家ライフが始まるのだと、胸が高鳴ったのを今でも覚えている。
受賞式では、文壇の偉い先生方から銅のトロフィー、ノートにシャーペンを渡された。あれ、おかしくないか? 普通、受賞したときの賞品って、金かプラチナのトロフィーだよな? それにノートとシャーペンって何? 小学生の作文コンクールの努力賞みたいだけれど?
文壇の偉い先生は教えてくれた。三文小説の大賞だから、三文を冠してトロフィーは銅であると。一般的に銅のトロフィーは三等賞の証。つまり三文小説の「三」を意味するために金やプラチナではなくて、銅であると。「三」という数字を君には重く受け止めて欲しい、と。
そしてノートとシャーペンは努力賞を意味する。三文小説大賞を受賞するということは、努力賞を受賞したことに等しい。だから今後も謙虚に研鑽を積むことだ大事だ、と。
『蒼色の研究』は単行本化された。十文字出版社という、これもまた聞いたことがない超小規模の出版社から出版されることになった。本には、帯や解説に俺の三文小説を売り込むためのキャッチフレーズが炸裂していた。

『稀代なるトリックスター!』
『百年に一人の三文小説家!』
『怪人二十面相も真っ青の怪人作家!』

いったい何のつもりの評価だろうか。トリックスターって何だよ。ピエロや道化師のことじゃないか。稀代なるトリック「の」スター、が探偵小説家に対する賞賛だろう? それに百年に一人出るかどうかの三文小説の才能なんて持っていても嬉しくなんかない。挙句の果てに、怪人二十面相すら真っ青になるぐらいに俺は怪人なのか?
しかしその受賞とキャッチフレーズのせいか、俺の本はデビュー作でベストセラーになった。それがきっかけで、三文小説やそれを批評する三文批評がその年の流行になった。三文小説のお陰で俺の生活は潤ったし、バイトを辞めることができ、専業作家になれた。俺は世の三文小説ブームを巻き起こした張本人として、時の人に成り上がったのである。
まあ、そんなこんなで、仕事の依頼は絶えなかった。だけれど基本的に十文字出版社から本を出す仕事をしているし、そこの雑誌で書いている。最初に本を出した出版社であったこと。そこの編集者と仲良くなったこと。この二つが決め手で俺は今でも十文字出版社のお世話になっている。

 

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