幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

『蒼色推理』−雪銀館事件− 第二章「雪銀館到着、そして」 1の1

   2015年9月30日  

雪銀館の主である大江戸正宗(おおえど・まさむね)に招きいれられ、館の自慢……いや、説明を受ける蒼野たち。
ひとまず、泊まるところになる部屋へ案内されるようだ……。

応接間へ向かうと、先客がいた。
映画監督の宮沢と文芸評論家の小塚が三文小説について議論をしていた。

 

大江戸正宗は自慢そうに彼の愛しい館について語った。雪銀館は現実的には滅多に見ることができないケルト・ルネサンスという特殊なタイプの建築らしい。俺は探偵小説家という職業のせいか、この建築様式の名称を聞くと、館ものミステリの古典である小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』を思い出す。小栗の小説内では、ケルト・ルネサンスは架空の建築という設定で登場していた。それにしても、こうして目の前にすると感動を覚えるものである。
そもそもケルト・ルネサンスは、明治時代に西洋の建築知識が日本に輸入されてきたときに、当時の粋な職人たちが総力をあげて開発した曲芸的な芸術だったそうだ。諸説では、中世系建築であるゴシック建築やロマネスク建築の変種だと言われることや、「ケルト」と名がつくのでケルト神話をモチーフにしたものであるとも言われている。
館の全体を白亜色に飾っていることも贅沢に取り組んだ試みだったそうだ。西洋本場のゴシック建築の大聖堂を思わせるような色合いと貫禄がある。これは八ヶ岳に積もる雪の白さとの調和を意識したものでもあり、だから館の名前が雪銀館になったらしい。それに雪国の建築らしく、雪銀館の屋根は急勾配の角度がついた三角形になっている。
もっとも、雪銀館は、明治建築だ、ケルト・ルネサンスだと言っても、そんなに大昔から建っていた建物ではない。館は明治時代の古い建物に見えるが実際に建てられたのは十年前に遡(さかのぼ)る。
ところでこの建物はどうやって立てられたのだろうか。俺たちは麓からここまでロープウェイであがって来たが、一本道だったはずだ。聞いたところの答えでは、どうやらヘリコプターを何機も使って、空中から地上と建築素材をやりとりしながら、一年かけて造られたようだ。
俺だったら絶対にこの土地には館を建てて住まない。だって、下界と交流しづらいし、普通に買い物とかできないでしょう。大江戸先生によれば、街への買出しは一ヶ月に一度行けば十分だそうだ。もっとも先生たちは常にここに住んでいるわけではない。東京にも家があり、さらに他の地方や海外にも別荘を持っている。
「ワハハ、蒼野君。作家とは家を作るから作家っていうんだよ。君も精進し給えよ」
と恰幅の良い作家先生は扇子を広げて仰ぎながら俺にそう言った。
先生の駄洒落には笑えなかった。だが作家の世界では、自分の書いた小説が売れて、その儲けで家を建てるというのは大変名誉なことなのだ。
でも俺は絶対にこうはなれない。いや、なれないじゃなくて、なりたくない、という方が正確か。『蒼色の研究』がいくら売れても、お昼はカップラーメンとか食べているしね。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド


コメントを残す

おすすめ作品