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ハートフル

僕のヒーロー

   

喉が擦り切れる程叫んでも、立ち上がることができない者もいる。現実の世界にヒーローはいない。少なくとも、翼には。そのことを、翼はよく知っていた。

寝たきりで死を待つだけとなった母と、年の離れた兄との生活。十二歳の翼は兄に連れられたヒーローショーを、そして着々と迫ってくる母の死を、どこか遠巻きに眺めていた。

 

 
 並べられたパイプ椅子に座る親子連れや、大人たちの頭の向こう、体育館の壇上よりも低いステージに照射されたビームが忙しなく動く。ステージ以外は暗い屋内会場の中、体内を叩くほど響く効果音。床から勢いよく噴射された蒸気が止まると同時に、歓声が湧きあがった。――霧の向こうに、お待ちかねのヒーローが現れたのだ。
 ヒーローは必殺武器のピカピカしたシューターを連射して、あっという間に怪人たちを吹き飛ばす。それに助けられた別のヒーローたちは勢いづいて、その他の怪人を各々の武器で次々と薙ぎ倒していった。霧の向こうから現れたヒーローはというと、怪人たちのボスと一対一の肉弾戦を繰り広げている。
 観客席の一番後ろで、翼は小さく息を吐いた。ここから先の展開が、翼はとても苦手だった。
 怒り狂った怪人によって、ヒーローたちは倒れてしまう。ステージは絶望に包まれる。そうすると、観客が声を合わせてヒーローを応援する。もっともっと大きな声でと促される。ヒーローはその声に立ちあがって、最後には必ず怪人に打ち勝つのだ。
 けれども翼のステージは、絶望に包まれたあの空気の中で終わっている。がんばれ、がんばれという声は届かない。例え喉が擦り切れるほど叫んでも、翼の声はヒーローに届くことはない。翼の声では足りない、どんな声でもヒーローはもう立ち上がることはできない――それが現実であるということを知っているから、どんなにステージに引き込まれていても、翼はその場面で必ず夢から醒めてしまう。
 ぼんやりとしている間にショーは終わり、一部の観客はぞろぞろと会場の外へ出されていく。対象商品を購入していないと、これから始まる握手会には参加することができないからだ。商品購入者が列を作ると、空いたスペースにカメラを持った大人たちが集まって人の壁ができる。翼は音響席に座っているので、アリのように流れる人の動きがよく見えた。
「翼くん、行かなくていいの?」
 気遣わしげな声で、音響スタッフの一人が声をかけてくれた。
「いや……、大丈夫です。邪魔ですか? ここにいると……」
「とんでもない、いいよ、いいよ、座ってて」
 慌てて首を振ったスタッフに、翼はぺこりと会釈をして、ステージのほうへと視線を戻す。ちょうど握手をしてくれるヒーローが四人登場して、紹介されているところだった。向けられているたくさんのカメラや、観客に向けて手を振ったり、各々のポーズを決めたりしている。程なく握手会が始まって、人の列が流れ始めた。ヒーローが時々しゃがんだり、視線を下にやっているのは、子どもと触れ合っているからだろう。けれども、翼の視線からは大人たちの人垣で、ヒーローの足元を流れる小さな子どもたちの姿は見えない。
 翼ならば、背丈はヒーローたちの胸くらいまではあるのではないだろうか。翼は名も知らぬヒーローたちの姿を、ぼんやりと眺め続けながら考えた。
 不死鳥のように復活し、たくさんの視線を浴びるヒーローたちは、照明も当っているためくっきりと明るい光に包まれている。けれどもそれに夢中になっている観客は、黒い影の山のようだ。それを後ろから眺める翼の場所は、もっと深い闇に見えることだろう。
 この落差は埋まらない。決して、埋めることはできない。

 

-ハートフル


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