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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

『蒼色推理』−雪銀館事件− 第二章「雪銀館到着、そして」 1の3

   

資料室で、作業中の絵描き・水波(みずなみ)とばったり出会う。
何やら忙しそうだ。
図書室に礼拝堂と案内され、一通りの館案内が終了。
長旅で疲れている蒼野は自室で休むことに……。

 

 
 資料室の扉を明けると、中から古典的探偵小説に登場するようなあらゆる品々が目に留まった。何個かの古ぼけた時計、様々な舶来の人形、怪しい仮面の数々、何に使うのかわからない滑車にロープ、おそらくレプリカであるだろう武器の展示場。さらに射撃場があった。
 その中に人形たちの前でぽつりと座りながら、何かの絵を描いている女性がいた。
 彼女は薄い眼鏡をかけていて、長い髪をコロネ巻きに束ねていて右肩から髪を下ろしていた。カーキ色のセーターにくすんだオーバーオールジーンズを穿いていた。年は三十歳前後であろうか。化粧はほとんどしていない。座っているが背丈はやや高いと思われる。
「おや、水波さんじゃないか。見かけないと思ったら、こんなところで絵を描いていたんだね。おお、これは呪われたマリオネットの絵だね」
 大江戸先生はそう言うと、彼女に紹介するよう促した。
 彼女は慌てて絵を隠そうとして、作業道具を隅に片した。
「はじめまして。水波彩(みずなみ・あや)といいます。イラストレーターでデザイナーもやっています。大江戸先生とは何度か一緒に仕事をさせてもらっています」
 俺たちも簡単に自己紹介をして挨拶をした。
 水波彩。どこかで聞いたことがある名前だ。先ほどの監督や批評家の先生方のような大家の有名人ではないけれど、それなりに名の通った画伯だ。特技は水彩画のイラストだったよな。もともとは建築のデザイン関係の仕事とかしてなかったっけ。それでイラストの世界に入って背景絵師からキャリアが始まっていたよね。
 そうだ。大江戸先生の『殺霊事件』のイラストを描いていた人だ。『殺霊事件』もそういえば売れていたね。探偵小説をライトノベル風にアレンジした実験的な意欲作だったよな。あの作品は小説そのものもよかったけれど、水波先生のイラストが小説と効果的に組み合わされていたことが売れた秘訣だったかな。あれ以来だよな。ライトノベル風探偵小説が普及したのって。
 確か、こんな話だった。RPGのようなファンタジー世界が舞台となっていて、世界の均衡を司る絶対者である精霊たちが何者かに殺されていく話だ。精霊たちが世界から消えると世界の終わりだとかいう理由で、召喚師の主人公が立ち上がった。そして死ぬはずがない精霊が殺された「殺霊」トリックを解明するために仲間たちと旅に出る展開だったよな。
 それを知っているのかどうかわからないが、双馬さんは水波先生が今描いていた絵を褒めていた。
「すごく綺麗ですね。その水彩画。九十年代の少女マンガみたいな切れ味がまた何とも言えませんよね」
「ありがとう……」
 彼女は照れくさそうにそう言った。無口な人のような。でも確かに綺麗な絵だ。水彩画が得意だから水波彩というペンネームかと思って前に人に聞いたことがあったが、それが本名らしい。名前通りの人だね。
「ところで、蒼野君。射撃は好きかね」
 大江戸先生がそこに割って入ってきた。
 先生の手にはコルト・パイソンらしき拳銃が構えられていた。
 三本のビール缶が十メートルぐらい先で並んでいた。
 先生はご自慢のコルトをぶっ放していい気になっていた。
 エアガンだろう。本物の拳銃のような乾いた音も火薬の匂いもない。
 シュゥッ、と鋭い音がすると、ビール缶が三本とも弾け飛んで、中から水が零れてきた。
三本ともBB弾が貫通したらしく、通り抜けて行ったBB弾はアーチェリー用のマットのような標的にめり込んで行った。
「ワハハ。このエアガンは規制ぎりぎりの威力を持ったものだよ。どうだ、すごいだろう?」
 うわあ、先生、すごいですね、と俺はまたわざとらしく言ってみた。
 黒井さんは弾け飛んだビール缶を片していた。

* * *

 隣の図書室は本棚に本が詰まっているだけの倉庫のような部屋だった。壁際にも本棚がぎっしり、部屋の内部は本棚が列を作って並んでいた。どうせ探偵小説ばかり読んでいるんだろう、という予測のもと本棚の本を見てみたが、意外にも大江戸先生は他分野の読書家でもあった。
 国内外のあらゆる探偵小説の他にも隣接分野の文学書の数々。大学の図書館に入っているような学術書や専門書の数々。普段、通常人の本棚でなかなか見かけることができないオカルト書やマッドサイエンス書の数々。意外と読書家な先生の姿が垣間見え、俺の中で尊敬の感情が芽生えてきた。
「ワハハ。ワシのコレクションはどうだ。すばらしいだろう。本って、本棚にたくさん並んでいると、頭がよくなった気がして嬉しくなるだろう。本というのは、並べることに意義があるものだ」
 え? どういうこと? もしかして全部真面目に読んでないの? ただコレクションしているだけ? やっぱりこの人を俺の目標にしてよいものかどうか悩まされた。

 

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