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ハートフル

フィルダース・チョイス

   

「一軍半」
それがプロ野球選手「川田十三」に与えられた評価であり、彼の人生そのものだった。

憧れを追い続けることは果たして幸せか。
どこかで選択を誤ったのではないか。
自分は今、必要とされているのか。

伸び悩む凡人の、人生の一ページ。

 

 ある人は言った。
 「人はダイスと同じく、自らを人生に投げ込む。」と。
 しかし、
 彼の場合、投げ込んだのはサイコロではなく白球であった。
 
 
 プロ野球選手「川田十三」が一軍に昇格したのは、今シーズンで三度目のことだった。
 川田は右投げ右打ちのキャッチャーで、打率はギリギリ二割に届かないくらいの、そろそろ三十歳が近い選手だ。
 勿論、チームの正捕手ではない。
 でなければ、そう何度も二軍に落とされる事はないだろう。
 川田が所属する「関東サイクロプス」の正捕手は「三須慎吾」という男だ。
 この三須という男は、サイクロプスの主軸選手であることは元より、球団の顔とも言うべきスター選手である。
 その座を簡単に奪えるハズもないのだ。怪我でもない限り。
 そう、今回は、
 いや「今回も」このパターンであった。
 川田に連絡が来たのはある日の夜の事。
 既に日付が変わろうとしている時だった。
 自宅マンションでくつろいでいる所に携帯電話の着信を受け、
 受けるや否や、「三須の怪我が悪化した」と切り出された。
 長々と連絡事項を伝えられたが、要は「明日から一軍に合流してほしい。」とのことだ。
 話のニュアンスからして、三須と入れ替わる訳ではないらしい。
 三須を残し、控え捕手も残し、川田を上げる。
 つまり、捕手三人体制だ。
 三須が軽い怪我をした時に、必ず組まれるシフトである。
 というのも「三須」という人物は、先に述べたように球団を代表する選手であることは勿論、プロ野球界を代表する選手でもある。
 少し調子が悪いくらいで二軍に下げる事は出来ない。
 観客は皆、三須を見に来るのだ。
 かと言ってだ。
 三須は、もう四十代。
 無理も利かない年齢である。
 球団としても、選手をいたずらに潰すような真似はできない。
 そこで、三須の出場機会を確保しつつ負担を減らす方法の駒として採用されているのが川田だ。
 川田は、いわゆる都合の良い「一軍半」の選手だった。
 三須が捕手に付けない場合は、常時一軍に帯同している控え捕手をスターティングメンバーに加え、三須はファースト等の比較的に負担の少ないポジションに付くか、代打として控える。
 こうなると、ベンチにまともな捕手が一人もいなくなるので、川田が「控え捕手の控え」としてベンチに置かれると言うわけだ。
 川田が一軍に上がる時は、大体がこの「捕手三人制」が組まれる時だけ。
 今回の様に三須が怪我をした時だけだった。
 当然、一軍へ上がろうとも実際に試合に出る事は少ない。
 そして三須の調子が上がれば、ひっそりと二軍に戻されるのだ。
 川田のプロ野球生活は、これが全てだ。
 この起用方法に川田は不満が無いわけではないが、雇っていただいている身分で文句は言っていられない。
 折り合いはある程度つけていたし、
「チャンスには恵まれてる方だよな。」
 結局は、這い上がれない自分が悪いのだと心に言い聞かせ、試合に備えてベッドに潜り込むしかないのだった。

 翌朝、
 案の定、セットした目覚まし時計よりも早く起きてしまった川田は、ソワソワと自室の中で取り留めもなく歩き回っていた。
 
 
「何度も一軍には上がってるだろうが。
 慣れろよ。」
 
 
 ぶつぶつ言いながら逸る気持ちを抑えているが、
 
 
『まあ、その度に二軍に落とされてるんだけどな。』
 
 
 余計なことまで考えて、川田は勝手にブルーになっていた。
 頭を大きく振ってネガティブな考えを吹き飛ばし、
 
 
「俺は、プロだ。
 俺はプロだろ。」
 
 
 再び呟き出した。
 呟きながら、
 
 
『こんなこと思っている時点で、
 プロ失格じゃないの。』
 
 
 またも余計な考えが頭に湧いたらしく、一層強く頭を振った。
 虚ろな目で置時計に目をやるが、まだまだ出発時間には早すぎる時刻である。
 だが、このまま家に居ても悶々と擦り減るだけのような気がしてしまい、川田は身支度をせざるを得なかった。
 何分か無難に経過して、川田はすっかり身支度を終える。
 終えてしまったが最後、観念したように玄関に向かった。
 が、
 玄関の手前で足を止め、ジーンズのポケットをまさぐって鍵を取り出した。
 家の鍵ではない。
 車のキーだ。
 川田はキーを二本の指で挟み、顔の前に持ってきて暫く睨み合っている。
 
 
『こんな心境で運転できるだろうか。』
 
 
 川田は、またまた頭を大きく振った。
 
 
「そんな弱気でどうするんだ。」
 
 
 口に出して自分に言い聞かせる川田だったが、取り出したキーがポケットに帰る事は無く、乱暴な音を立てて床の上に放り投げられた。
 大きく一つため息をついて、川田は自宅マンションを出る。

 

-ハートフル


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