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まさかの展開

   2015年10月6日  

 諒とスタッフにとって、不安と期待が交錯するディナータイムが開始した。
 諒はやはり酷く緊張していて、それを和らげるため飛由は声かけをして優しく諒の背中を擦る。
 諒がレストランに慣れるまではカウンターとホールが変則的な動きをすることになり、それにも皆混乱することなく順応していた。
 皆手が離せない状況下で会計にひと組のカップルが支払いにきて、飛由と諒がその対応に出向く。
 男性客が出したスタンプカードがいっぱいになり演奏依頼の予約について飛由が男性客に問いかけると、彼は唸り声をあげて諒に専門の楽器を聞いてきた。
 いきなりのそれに戸惑いながら、諒はピアノを専門にしていると回答するとカップルは目を輝かせて諒に一曲弾いてもらえないかと持ちかけてきた。
 いくらなんでも不可能だと飛由が思った矢先、諒はそれに応えピアノを弾くこととなったのだった。

 

 
 諒にとっても他のスタッフにとっても、期待と不安の入り混じるディナータイムが開始した。
 ディナー開始直前には幾分肩の力が抜けていた諒だが、仕事が始まるとやはり緊張に次ぐ緊張なわけで。
 飛由から片時も離れられず、全身に無駄な力が力いっぱい入っている。
 飛由と離れることそのものが今の諒にとっては恐怖でしかなく、そこでミスをすることは二の次。
 今の諒にとって飛由は仕事と自分をつないでくれる、一本の命綱なのだ。
 諒の表情は極度の表情は常に硬く、手でズボンをぎゅっと握りしめている状態である。
 明らかにランチの和彩との事を未だに引き摺っている。
 このままでは接客どころではない。
 緊張が客に伝わってしまっては、せっかく来てくれた客も楽しめない。
 これではいけないと飛由は諒の方を見上げ、諒と目を合わせてニコリと微笑み諒の耳に背伸びをしてそっと唇を寄せて耳打ちをした。
「大丈夫、僕についてきてください。」
 耳打ちをするような内容ではないが、飛由の耳打ちと笑顔を見て諒の表情が僅かに緩む。
 大丈夫大丈夫という気持ちを込め、飛由はそっと諒の背中を擦る。
 そうしていると、ようやく少しだけ諒の肩から力が抜けた。

 飛由は基本的にマスターとともにカウンターに入り、マスターの補助をしながら会計をしている。
 以前にも触れたが彼はこのレストラン唯一のオールラウンダーであり、人手が足りなければキッチンにも入る。
 だから飛由本人はどこの担当になってもその場の仕事をこなせるわけだが、ホールに出ている人間はそうではない。
 カウンターに入ると、会計も一任するから何かと忙しいのだ。
 しかし今回ばかりは得意不得意を言っている場合ではない。
 移動手段が基本的に横移動のカウンターに、全く動けない諒を入れてしまうとたちまち接客不可能になってしまう。
 しばらくは飛由は諒とワンセットで行動するから、その間はその日演奏予定がないか演奏曲数が少ないスタッフが入ることになった。
 カウンターのスタッフが演奏に出ている間は手の空いたホールスタッフが会計に回るという、変則的なものになった。
 だがそれも落ち着いて対応できるだけの接客スキルを皆持ち合わせているから、あわてる者はいない。

 ディナータイムが始まって、飛由は接客しながら常に諒に色々な事を教えていた。
 わからないと思う前に事細かな説明をして、わからないことへの不安を根こそぎ払拭するのが飛由の狙いなのだ。
 一度に覚えるのは誰だって不可能だから、その旨を伝えたうえで事細かな説明をしている。
 これにも狙いがあり、何でも教えることで諒が疑問を抱いたときにすぐに質問出来るような信頼関係を構築することで諒の心に僅かでもいいから心にゆとりを持ち、周囲に目が向けられるようになればと言う思いもある。
 今の諒に必要なのは安心した関係作りと、極度のミスに対する恐怖心の払拭。
 諒自身が信頼できる人間が一人でもいれば、現状から一歩踏み出して諒に“できる経験”を味あわせることが出来る。
 出来る経験は必ず諒を輝かせる種となる。
 その種を植えるにあたり、信頼関係という土壌を築きながら諒に何が出来るのか見つけていく必要がある。
 いくら飛由の洞察力が並外れているとは言っても、諒に何が出来るかまでは分かるわけはない。
 諒の中で何かが芽生えてくれればと、飛由は物事を細かく噛み砕いて説明しているのだ。
 接客の初歩的な事も一から丁寧に説明し、簡単な事は時間がある時に諒にクイズ形式で質問する。
 そこで諒がクイズに正解すれば、ほんのわずかではあるが諒の自信につながるし、わからなければその都度教えればいい。
 諒の持つ“出来る力”を信じて伸ばしていくことが、今の飛由が重点を置いているところである。

 

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