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ハートフル

絵の上手かった山田くん。

   

 クラスに一人は必ず、やたら「絵」が上手い奴がいるものだ。
 私の場合は「山田くん」だった。

 山田くん、今どうしていますか。

 私は、自分の落書きのような下手な「絵」を見るたびに貴方を思い出すのです。

 小学生の頃の、淡い記憶のお話。

 

 私は、いわゆる「ゆとり世代」だ。
 が、
 当時、暮らしの中に「ゆとり」があったとは思えない。
 かと言って、他の世代と何かが違っているとも思えないのだ。

 小学校の頃、私はドッヂボールが得意ではなかった。
 これでは人気者になれない。
 さらに、足も速くなかった。
 更に、さらに人気者になれない。
 つまり私は、
 小学生にとって命よりも大切な、この二つの要素を全くと言って良い程に持っていなかった。
 もっていない。ということは、とても不味い事である。
 小学生にとって、
「もっていない。」
 と、いう境遇ほど生き難い事は無い。
 これはドッヂボールの上手い下手、或いは足の遅い速いに限らず様々な事に言えるのだ。
(例えば、玩具であるとか。)
 とにかく「もっていない」私は、もっていないなりに小学生を生き延びねばならなかった。
 その為に私は、いつも「もっている」人の間近にすり寄って、もっている人のフリをして過ごしていた。
 この気質は、大人になった今でも変わらない。
 その当時で言うと、人気者になれる条件は、もう一つだけあった。
 それは、「絵」が上手い事だ。
 絵と言っても、マンガやアニメのキャラクターの顔が、一つ二つ描ける程度で良い。
 これならばと、少しだけ努力してみた記憶がある。
 しかし、どう頑張っても「ドラえもん」の顔をようやく描ける程度で、この要素も不十分であると言わざるを得なかった。
 私は、ますます自分の足りなさを隠すようになり、 
 「もっている人」の後ろ姿を、必死で追いかけなければならないのだった。
 ドラえもん繋がりで言うのであれば、
 ジャイアンの腰巾着、
 「スネ夫」のような生き方であっただろう。
 と、言いたいのは山々なのだが、厳密に言うと、残念ながら当てはまらない。
 何故ならば、我が家は骨川家のようなお金持ちではなかったからである。
 むしろ貧乏寄り。
 いや、貧乏であった。
 とは言え、喰うに困った記憶は無いので、それだけは、ありがたいことではある。
 ただ、その突き抜けない貧乏性ゆえに、自分の小学生としてのステータスが「普通」に貶められている事を考えると、当時としては悔やまれるばかりである。
 ジャイアンでもなく、スネ夫でもなく、
 「もっている」のび太でもない。
 まして出木杉や、はる夫でも安雄でもない。
 脇役ですら無いのだ。
 言うなれば背景。
「普通」
 ふつう、普通。
 小学生の私の配役は、普通の生徒であった。
 皆と同じように。

 

-ハートフル


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