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迷い人に孫の手を2<4>

   

 
 苦しくても、辛くても、いつかは対面すべき想い出がある。

 そんな彼の、出会いの始まりの物語。彼が見つけた一つの趣味。
 
 迷い人に孫の手を2。

 第四話と相成ります。どうぞご賞味下さいませ。

○抜粋○

「……僕は子供ですか」
「わしから見りゃ、お前なんぞひよっこだ」

 トクさんに鼻で笑われて、僕は首を竦める。下手に褒められるよりも馬鹿にされる方が心地よいなんて変だろうか。
 それでも僕は頷いて、トクさんと秋穂ちゃんの顔を交互に見やる。僕の戸惑いに、秋穂ちゃんは笑顔で頷いてくれる。
 僕のその趣味の、背を優しく押してくれているかのようだった。

○○○

 

 
「お前がやれって言ったからやったんだぞ!」

 失敗した、と彼は言った。やるべきじゃなかったと彼は嘆いた。講堂の壇上で、彼は力なく崩れ落ち、頭を垂れていた。

「お前のせいだ! お前がっ!」

 友達を失くし、金を失くし、信用を失くした、と彼は言った。

 彼の目は血走っていた。彼らしくないと思った。眼前で叫ばれて、僕は何も言えなかった。それでも僕には、彼がこうなると、こうなってしまうと思えなかった。

 僕のせいだ。
 彼ならできると、思ったせいだ。
 

○○○

「落ち着いたか」
「……はい」

 祝日の真っ昼間、二人きりの道場で、僕はトクさんの禅問答のような対話を経て、子供のように涙を流してしまった。
 大の男が声を上げて泣くなんて情けない。人前で号泣したなんていつぶりだろうか。けれどいざ泣き終えてみると、肩の荷が下りたかのような気分だ。

「阿呆が、ようやく進む決意をしたって事だ」
「っ……はいっ」

 本気で泣いてすっきりした。トクさんの皺だらけの笑みを素直に受け止めながら、僕は背を伸ばす。もっと知りたい、見たい、感じたい。
 見たくない、そう思う気持ちはまだ消えてはいない。それでも僕の中に在る一つの後悔が、トクさんの言葉で解け始めている。
 僕は新たな気持ちで、目の前で笑むトクさんに頭を下げた。

「もっと見たいです。棒を、見せて下さい。もっと振って貰えますか?」
「まあ待て。棒も良いが、とりあえず居間に戻るぞ」
「でも僕は、もっと見たいです。僕は、見たいです」
「わかってらぁ。焦るな」

 知る事から逃げるな。トクさんに怒られるようにして諭され、僕の気持ちは高ぶっていた。たくさん知りたい。見たい、感じたい。そう思う僕を、トクさんは呆れながらも見守ってくれている。
 トクさんに会えてよかったと、改めて思った。
 
 
「お前が進む気になったんだ。放置なんかしねえ。ちゃんと導いてやる。だからついて来い」
「っ、はい」

 先を進むトクさんに、僕は頷き後に続く。
 凛とした恩師の背の逞しさに、僕の心はざわついた。

○○○

「おぉい、秋穂」
「なあに、お爺ちゃん?」

 徳野家の居間に戻ってきた僕らは、ちゃぶ台の前に坐した。トクさんは台所の秋穂ちゃんを呼び、三人が定位置に座る。トクさんの対面に僕が居て、その横に秋穂ちゃんが居る形が、よくある僕らの居場所になっている。

「秋穂、お前、趣味は何だ」
「いきなりだね。柳瀬さんに関係ある話?」

 秋穂ちゃんに見られて、僕は視線を泳がせる。涙は拭いたはずだけれど、目が赤いかもしれない。大の男が泣いたなんて思いだしただけで恥ずかしい。

「こいつが趣味を探している。何かをしたいんだとよ」
「へえ? それは良い事だね」

 秋穂ちゃんに告げられて、趣味ひとつない自分が情けなくなった。

 

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