幻創文芸文庫 (β)

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ショート・ショート

必敗必勝のギャンブル

   

とある中小企業を経営する井上 亮太は、取引先の大企業の社長、柳田に誘われる形で「裏」の賭博場に通うことに。初めは連戦連勝していたのだが、急にぱったりと勝てなくなり、一文無しに近い状況にまで追いやられてしまう。

どうにも首が回らなくなった井上はツテを辿って法人向けの闇金融業者にたどり着くが、そこの社長は井上がはめられたことを見抜いた上で、格安で金を融資してきた。この金でもう一度博打を打てば賭場の連中を見返せるのだという。

いまいち話を信じられない井上だったが、いずれにしても金を返さなくてはならないということもあり、賭場に向かい、もう一度賭けをしてみるのだった……

 

「ふうう、まったくよ……」
 ぎらぎらと照りつける太陽に当てられ、ぽたぽたと汗を垂らしながら井上 亮太は呻いた。
 ワイシャツが汗でどろどろになっているが、換える金も手元にはない。
 ここに来るまでの電車賃で有り金は全て使い果たしてしまっていた。
 財布の中には、限度額一杯になった各種カードと、自分が経営している会社の名が刷り込まれた名刺しか入っていない。
 従業員二十人規模、商店街で名前を出せばそれなりに通る物販会社を経営する井上がここまで困窮しているのは、経営が原因ではない。親の地盤を引き継いだためか、結構緩いところはあるが、それでも仕事自体はまあ真面目にやってきた。
 従業員たちも、普段颯爽と外車を乗り回している社長が、まさかシャツも買えない状態になっているとは思ってもいないだろう。
 しかし、事情を社員に説明して切り抜けることはできない。
 何故なら、金を失った原因は浪費、賭け事のためだからである。しかもそのギャンブルは「裏」、平たく言って非合法の賭場にはまり込んでしまったことが原因なのだ。
 これがもし社員にバレたら、会社からの追放は覚悟しなければならないだろう。
(自分で何とかするしかねえよな)
 といった事情から井上は、誰も連れずに怪しげな裏路地を進み、ある雑居ビルの一室の前にたどり着いた。
 表札はかかっていないが、ドア越しに人の動く気配がする。

コン、コン……

「どうぞ」
 二度ドアをノックすると、中から招き入れる声が響いてきた。
 低い男性の声だが想像していたよりもずっと穏やかだ。
「柳田社長からの紹介を頂きました、井上です」
 部屋に入り、一歩進み出たところで井上は丁寧に頭を下げた。
 室内は意外と清潔で、落ち着いた理知的な感じの男女が静かに仕事をこなしていた。
 中でも、一番豪華なテーブルの前に座る初老の男性は、一流の文化人と紹介されても通じるような風格さえ漂わせている。
「ええ、もうお伺いしておりますよ、大体のところは。そして、私のところに来たとなると、ご用件の方も分かってしまいますね」
 紳士はまるで主人に対するような礼をもって井上を遇した。
 さりげなくかつ素早く事務員の男性がお茶を持ってきてくれた。喉がカラカラに乾いていた井上は、真っ先に一目で高級と分かる美しい薄緑色の液体を喉に流し込む。
「生き返りました。外は暑かったですからね」
 軽く前置きを入れてから、井上は本題に入った。
「しかし、私の会社の方がもっと熱いのですよ。お恥ずかしい話、柳田さんから紹介された賭場で負け続けていましてね。皆、素人さんだということは雰囲気で分かるのですが、勝ち切れないのです。種目を変えてもまるで結果は同じでして」
「ギャンブルは昔からお強かったのですか?」
「ええ。子供の頃やった遊びではもちろん、学生時代にもまず負けませんでした。社会人になって親父を支えるようになっても博打だけは続けていたぐらいです。幸い勝ち続けていられたので、叱られることもありませんでした。ただ、あの賭場だけは違いました」
 そこまで話すと、井上は淡々としていた口ぶりに力を込めた。
 感情を交えざるを得なかったと言った方が正しいかも知れない。 何せ、彼は一連の敗北によって、借金まみれになった上、戸籍上の名字まで変える必要性に迫られているのだ。
「別人」にならなければ、今後の生活が成り立たないところにまで至りつつある。
「あそこにいるのは皆、お金や地位を持っているというだけの人たちです。博才はありません。経験も技術も駆け引きも、圧倒的に私が上回っているはずです。でも、まるで勝てないのです。連敗に連敗を重ね、個人でできる借金は全てせざるを得ない状況です。カードローンも限度枠にまで達しています」
「博打というのは勝敗があるもののはず。常に負け続けていたのですか?」
「い、いえ。初めの二、三回は見込み通りの大勝ちができたんです。しかし、レートが強烈なまでに上がりだしてからはただの一度も勝てなくなり、今こうして……」
「私のところにいらっしゃったというわけですね。法人向け専門の闇金業者に」
 感情がこみ上げてきて声が詰まった井上の言葉を、闇金業者の紳士が引き取った。
 それから紳士はしばらく考える素振りを見せていたが、ふいに、「うむ……」と唸ってから言った。

 

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