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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

『蒼色推理』−雪銀館事件− 第三章「雪銀館の夜」 2

   

結局、午前八時を過ぎて、朝が来たものの……昨夜は毒入りワイン事件以降、何もなかったらしい……。
では、朝食でも食べよう、と油断していた一同だったが……。
不可解な状況の中、死体が次々とあがる……。

 

 
 午前八時……。

 雪銀館の夜が明けたようだ。窓からは新しい日差しが差し込み、小鳥たちの鳴く声が聞こえた。窓を覗くと、晴れ晴れとした雪景色が視界に入った。窓からは昨日の吹雪と寒さによって出来たのであろう氷柱が、様々な大きさと形で垂れ下がっているのが見えた。
「おはようございます。蒼野先生。昨日は、色々とありがとうございました」
 黒井さんが起き上がった。
「どうやら、昨日の夜は何も起こらなかったようですね?」
 黒井さんの言葉に同意したが、妙な胸騒ぎはしていた。
「私はキッチンに行って、皆様の朝食を作ってきます。午前九時に朝食にしようと思いますので、皆様によろしくお伝え頂けると助かります」
 黒井さんは応接間を後にして、キッチンへ向かった。
 さて、誰から起こそうか?
 俺は迷ったので、それだったら一度に全員起こせばいいやと思った。部屋から持ってきた目覚まし時計と応接間の置時計数個の目覚ましを鳴らしながら叫んで大騒ぎした。
「何か起こりましたか、蒼野先生?」
「先生、朝からいったい何しているんですか?」
「蒼野の旦那、何のバカ騒ぎだ!」
「え? え? え?」
 大成功だった。みんな一度に起きた。

 午前八時三十分……。

 応接間組の一同は食堂に集まった。
 さっきの目覚ましの一件で弟切さんは、ふて腐れていた。ちなみに昨日の弟切さんの行いがよかったので、ぐるぐる巻きは解除されることになった。双馬さんと水波先生は、昨日の夜は何も起きなくてよかったね、とか雑談していた。古山警部は、席に着きながら、静かに朝食を待っていた。事件のことを考えているのだろうか。
 キッチンに目を向けると、黒井さんが料理をしているのが見えた。
 料理の見た目と匂いからして、コンチネンタル系の朝食かな?
 あれ、誰かいなくないか?
 そうだよ。いないね。自室に逃げた三人が。彼らは今、何をしているのだろうか。
「蒼野先生。申し訳ありませんが、料理で手が離せませんので、ご主人様とお二人の先生方を起こしに行って頂けますか?」
 キッチンから黒井さんのお願いが聞こえてきたが、俺は思わず断ろうとしてしまった。
 いや、いかん。嫌でもちゃんと起こしに行ってあげないと。
 俺は食堂を出て、大江戸先生がいるはずの中庭の離れに向かった。
 凍っている窓ガラスを何とかして開けて、靴を玄関から持ってきて履き、新雪の上を歩いた。
 先生の部屋は案の定、鍵がかかっていた。念のためドアノブをがちゃがちゃ回してみたが、開くわけはなかった。
 俺はドアをどんどんと叩き、先生、起きてください、朝食です、と叫ぶ。
 五分ぐらい同じことを繰り返したが、中から何の返事もなく、館内は静まり返っていた。
 俺は食堂へ戻って、黒井さんにそう報告した。
 仕方がありませんね、と言いながら、黒井さんは一度、キッチンから離れて、俺と一緒に先生を起こしに行った。
 黒井さんは俺と同じことを繰り返したが、返事はいっこうに返ってこなかった。
 嫌な想像が俺の脳裏を過ぎった。まさか、先生、この中で……。
 俺と黒井さんは目を合わせながら頷いて、鍵を開けることにした。
 黒井さんはポケットから鍵束を取り出して、スペアキーで部屋を開けた。
「先生、いい加減に起きてください。皆さん、もう食堂に集まっています」
 大江戸正宗は俺に返事をすることはできなかった。
 彼は背中から心臓部を何かで刺されたらしく、背中から血を流して倒れていた。
 助けを呼ぼうとしたのか、壁に埋め込まれているタイプの電話は受話器が外れていた。
 俺はとっさに判断をして、部屋の中に踏み込んで入った。
 誰か部屋の中にいないかと隈なく探したが、誰もいなかった。
 玄関の傘立てには、昨日、先生が吹雪の中を本館からここまで歩いてくるために使用した傘が立てられていて、雪の断片が散らばっていた。
 部屋の明かりもついたままだ。
 部屋や先生の服装を見ても、争った跡が見られない。本館のガラス窓が防音になっているせいかもしれないが、昨夜、誰かが争って声を上げていた気配は全くなかった。
 サイドテーブルで誰かと談話していた跡もない。
 昨日、先生は仕事で部屋が散らかっているから、と言っていたが、机の上で原稿や資料が散らばっているぐらいで、それと何冊か本が出しっぱなしになっているだけで、誰かが荒らしたような跡はない。
 キャビネットの上にある置時計は刻々と時を刻んでいた。
 しかし、奇妙だな。
 部屋には今の今まで鍵がかかっていた。
 部屋の外は中庭になっていて、芝生の上に新雪が積もっていた。
 昨日の午前十一時三十分頃、俺は外を見たが、雪は止んでいた。今も止んでいる。この時間帯のどこかで雪は再び降ったのだろうか? 正確な時刻は、後で気象台に確認を取ろう。
 これはもしかすると、クローズドサークルの中で、鍵がかかっていて、足跡のない雪密室という二重の密室殺人が行なわれたということなのか。皮肉にも、先生ご自慢の密室殺人の間で、密室殺人は完成していた。
 雪密室だなんて、まるでカーター・ディクスンの『白い僧院の殺人』を思い出す。あの小説と今回の状況はけっこう違うけれど、いかに新雪に足跡を残さずに密室から脱出したか、という命題は共通している。後でじっくり考えてみよう。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド


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