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パパのピアノは三番

   2015年11月4日  

 明日の練習会。
 どうしても心配の尽きない心治は、それを治めるためコンビニで楽譜を印刷した。
 部屋ではすでに大和が伸びていて、和彩からの毒にやられながら心治は夜風に当たる。
 翌日、諒は子どもたちといくつかの約束をして心治との待ち合わせ場所に出向いた。
 諒の案内で家に入ると子どもたちが出迎えに来ていて、子どもの扱いに不慣れな心治と心治を警戒する子どもたちの間には不穏な空気が漂う。
 しかしその空気にまるっきり気づかない諒。
 諒は子どもたちに心治の案内を任せ、台所に向かいお茶に準備をするのだった。
 

 

 
 レストランは、毎週日曜日が定休日となっている。
 他の曜日は従業員がローテーションで休みを取っているから心治と諒の休日が合うのが必然的に日曜日のみとなり、日曜の朝にレストランの駐車場で待ち合わせることになった。
 心治は諒の家まで行くと言ったのだが他のスタッフから全力で阻止され、結局駐車場で落ち合うことになった。
 心治は大和曰く“無自覚の方向音痴”らしい。
 無自覚だから方向音痴と言われたらものすごく怒ると、大和は諒にそっと耳打ちした。
 初めての場所は100パーセント迷う。
 それが車で五分の距離でも容赦なく迷う。
 それが橘心治の迷子スキルの高さなのだ。

 仕事が終わって和彩と大和が家に転がり込んで酒浸りになっている頃、心治は明日使う楽譜のコピーをしにコンビにへと向かった。
 いくら諒が楽譜を使わないといっても、楽譜はあれば邪魔にはならない。
 一人で練習していてわからなくなった時にでも使えばと思い、楽譜を刷った。
 といえば聞こえはいい。
 正直な話、いまだに諒が楽譜を全く持っていないというのが、心治には信じられなかった。
 その代償行動として、今こうして楽譜を印刷している。
 今までにないケースなだけに、いくら心治でも不安を抱かずにはいられなかった。
 家に帰れば、すでに大和は潰れていていびきをかいて寝ていた。
「明日、諒君のことよく見てあげなさいよ?」
 テレビを眺めながら楽譜の印刷から帰った心治に背を向けたまま、ワインを瓶からラッパ飲みしながら和彩が彼に声を投げた。
「言われなくてもそうする気でいる。明日俺が帰るまで家にいてくれ。鍵をかけずに家を出る。」
 日曜に外出するときは、和彩か大和に家のことを任せて心治は鍵をかけずに外出する。
「はいはい。夕方には帰るでしょ?」
「たぶんな。」
 あやふやな心治の返事に、和彩はふっと笑った。
 本当に心治は不安を隠すのが下手である。
「心治君が不安がっても仕方ないでしょ? そんなんで不安がってたら、ステージに上がる時が来たらどれだけ緊張するんだか。」
「俺はもうステージには上がらない。」
 和彩の言葉を心治はばっさりと切り捨てた。
「上げてあげるわよ。私が。力ずくでね。」
 そう言って振り向いた和彩は、酒のせいかいつもよりも艶っぽく見えた気がした。
「…酔っぱらいめ。さっさと寝ろ。」
 女の酔った勢いの色気は目の毒だから、心治は明日の不安と和彩のそれから逃げるようにベランダに出て夜風に当たるのだった。

 

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