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ノンジャンル

風子

   

 
 父親の転勤により、愛媛から東京の下町に越して来た高校生、晴男。
 そこで、誠、武、風子の幼馴染三人組に出会う。
 晴夫は三人に混ざり高校生活を過ごすが、やがて風子に恋心が芽生える。
 しかし、晴男にとって風子に恋をすることが、四人の関係を壊してしまうと思うと、その恋を前に進ませることができずにいた。

 

 あの時はそれが当たり前だった。
 朝の食卓は味噌の匂いがして、商店街ではパンの匂いがする。
 昼の教室では汗の匂いが漂い、公園ではわずかな緑の匂いを感じて、川原では水の匂いが漂う。
 夕方に友達の家に行くと印刷屋の倅の家は工場からインクの匂い。銭湯の倅の家は風呂上りの女性からシャンプーの匂い。
 夜は近所の赤提灯から酒の匂いがすると、帰宅する父親からも同じ匂いがした。
 あの時はいつも当たり前のようにそこにあるものだと思っていたが、今思えばそれは風が僕の所へ、運んできてくれた匂いのように感じる……

 踏切の音が連呼すると晴男はその音で目を覚ました。そもそもこの物件を選んだ時、駅近の格安物件だと勧められたのだが、いざ住んでみると踏切が目の前にある建物は煩く、コンクリートの壁を伝って『カンカン』と音が響く。
 特に朝の通勤時間は列車の往復が多くて鳴り止まぬ音が目覚ましとなる。体を上半身だけ起こし呆然としていると、窓の向こうからは列車が発車する時に鳴るインバータの音が聞こえる。音階を奏でるようなその音色が聞こえると、合わさるように携帯電話から陽気なメロディが鳴り出した。
「晴男、忘れてないだろうな。今日、夕方四時、堀切の駅前だぞ」
「ああ、そうだっけ」
「ああ、そうだっけじゃなくて。風子来るから、タケシも呼んで飯でも食おう」
『風子……』
 風子は名前の通り風のような子だった。
 桜の花びらが靡くそよ風のように優しい時や、青葉を駆け巡る緑風のように元気な時。芒を揺らす秋風のように淋しそうな顔をしている時もあれば、からっ風のように冷たい態度の時もあった。
 喜怒哀楽な風も、その流れに逆らわずに向き合えば、それは心地良く安らぎを感じることができた。

 

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