幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ノンジャンル

レギュラー・バット(前)

   

空前の野球ブームに沸く近未来にあって、高野 雄一は将来を決めかねていた。

高校から野球を始め、大学ではDH枠を目指してバッティング一本に取り組んでいるものの、経験の浅さと体格的なハンデが響いて、大学四年になった今でも一軍に入れないでいる。

最後のシーズンで結果を出し、スカウトの目に留まらなければ競技としての野球は諦めなければならない。しかし就職活動もせずに目指した将来の夢に背を向けるのは簡単ではなく、だらだらと時間だけが過ぎていった。

そんなある日、高野は一緒に呑んだ仲間と、かつて使われていた野球部の寮の前まで足を運ぶことに。そこで仲間が寝てしまったため、高野は一人で寮内を探索することにし、結果、古びたノートを発見する。

ノートのうちの一冊には、他とは違う何やら大仰な言葉遣いで、誰でも打力を飛躍的に向上させられる「レギュラー・バット」の存在が記してあった。そしてそれは、ゲームの中に出てくる伝説の武器のように、校内の敷地の奥にある一本杉の根本に埋まっているのだという。

高野が、酔いに任せて木の根本を掘ってみると、確かに土の中から古ぼけたバットケースが出てきた。そしてその中には、異形とすら言える変わった形のバットが出てきた。高野は、ものは試しとバットを握り、振ってみるのだが……

 

「オラ、高野っ。もっと気合い入れんかっ! 腰からバットを出せ、腰から!」
「ウッス!!」
 私立文武大学の室内練習場、野球関係の部活の専用として知られるその場所に、高野 雄一の低いかけ声が響いた。
 バッティング・ケージの一角を使い、ボールを支えの上に乗せてそれを打つ、ティーバッティングを二百回はやっているが、気合いにかげりはまったく見えない。
 もっとも、どれだけ掌が痛くなろうが筋肉が軋もうが、激を飛ばし続けているコーチに弱みを見せることはできない。
 もし勝手に練習を休んでしまったら、すぐさま室内練習場の外での素振り班に編入されてしまうだろう。
 今の高野には、そんな無駄をしている時間はなかった。
「よしっ、今のは良かったぞ。姿勢だけじゃなくて背筋の捻りも忘れるなよ。お前の体格で長打を出すんなら、とにかく全身の筋肉をフル稼働させなくちゃならんのだ」
「はいっ!」
 もっとも基礎的な練習の一つであるティー打ちだが、こうやって姿勢が評価されるようになってきたのは一年ほど前からだ。
 コーチは褒め上手と評判なのだが、肝心の高野の打力が基準を満たせなかったのである。
 高野の身長は百六十六センチ、日本人の一般男性としても大柄ではないが、成人の野球選手という枠組みでは相当小さな部類に入る。
 守備力を考慮しない、打撃だけの話となるとなおさら基準からは遠くなる。
 だが高野はどうしても打力を専門に高めなければならなかった。
 何故なら彼は、試合で打席にしか立たない「指名打者」としてこの大学のレギュラーを、もっと言えばプロ野球選手としての活躍を狙っていたからである。
 となると、当然打者としての能力が第一となる。
 走力も当然大事だが、ともかく出塁しないことには足が活かせない以上、バッティングが主、ランニングが従という話にもなってくる。
 少なくとも、今日この練習場のケージに入っている選手たちに関してはそうだった。
「ラストっ!」
 コーチの声に応じるように、ジャストミートの打撃音が響かせてから、高野は深々と頭を下げた。
 汗を拭いて丁寧に後始末をする。このあたりの所作に抜かりはない。
 かつて先輩に繰り返し言われたからということもあるが、何より無駄なところでの失点はしたくない。
 練習場には男たちの声と乾いた打撃音が反響し続けていた。
 いくつもあるケージでボールを叩いている選手たち、あるいは外で延々とバットを振り込んでいる後輩たちは、皆高野と同じところ、すなわち「指名打者」を目指している。
 今までの野球人生の中で常にトップだったような人間は含まれていない。
 どこかで挫折を味わい、でなければ怪我をした結果、このポジションを目指すようになった者が多い。
 小柄であることに加え、高校の時の体育の成績が「三」だった高野も、間違いなく非エリート組の一人である。
「お疲れっす」
 バットを片付けた高野は挨拶しながら練習場を後にした。
 だが、ほとんど誰も返礼をしない。
 同級生だけではなく後輩も口を開かない。
 嫌っているのではなく、練習に没頭しているのだ。
 だくだくと顔に流れた汗が乾き塩になり、また新たな汗が流れてという繰り返しで、顔に塩の層を作っている一年生もいれば、室内練習場に設けられた一塁からホームまでのダイヤモンドを延々と駆け続ける三年生たちもいる。
 捕球用のグラブが一切存在しない、野球をするにしてはある種異様な空間の中で、皆限界を目指している。
 少しでも気を抜いたら、レギュラーの道は絶たれてしまうだろう。
(負けられねえよな……)
 高野はやる気を新たにし、ロッカールームに歩いていった。

 

-ノンジャンル


コメントを残す

おすすめ作品