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SF・ファンタジー・ホラー

RAT <二十五>

   

俺は空を仰いでタバコをくゆらせていた。三週間はあっという間だった。突然看護師に呼ばれ、部屋に戻ると見知らぬ訪問者が座っていた。

 

 
 三週間はあっという間だった。いろいろな検査をついでに受けたが、どこにも異常が無い健康体そのものだった。やはり京子の栄養バランスの取れた食事のお陰だろう。病院食もそんなに悪くはなかった。ただもう少し塩気が欲しい。菜っ葉のおひたしにしても醤油を掛けたくなる。毎日牛乳を飲んでいたせいか、骨の治りが異常に早いと言われた。
 骨折よりヒビの方が長引くと云うが本当の様だ。折れた肋骨はもう、ほとんどコルセット無しでも痛みがでない。しかし、ヒビのいった胸骨はまだクシャミや笑ったりするとズキンっと痛む。まぁこれも時間の問題だろう……
 入院最後の日、俺は屋上でコーラの缶を片手にタバコをふかしていた。本来院内全面禁煙のこの警察病院で隠れて吸うタバコは格別に美味い。何せ、三週間もの間禁酒禁煙だ。酒はなんとか頑張れば耐えれるものの、タバコはそうはいかない。
 屋上は病室のシーツなどが干してあり、たまに歩行補助車をつかって爺さんが目をしぼめながらうろついている。
 俺は屋上に繋がる階段の裏側。誰も来そうに無いひっそりとした所で口にタバコをくわえ、空を見上げていた。いつの間にか七月も後半。梅雨はそそくさと退散し、太平洋高気圧に覆われた空はジメッとしたため息を吐き、くゆらせるタバコの煙を上昇気流に乗せ何処か知らない国へと運んで行く。
 紫色に染まる空には大軍の羊が群れを成している。遠くの方からヘリコプターのプロベラ音が聞こえたかと思うと、いつの間にか頭上でホバリングし、エンジン音だけが鼓膜を揺らす。そうかと思えば旋回し元来た空路に戻って行く。プロベラ音が徐々に高音から低音に変わり、最後にはゴーっと云う風の音の様に変わっていた。

「斎賀さーん、いらっしゃいませんかぁ? 斎賀元気さぁーん!」

 俺を呼ぶ看護師の声にビックとし、まだ半分も飲んでいたかったコーラの缶の中に三分の二程吸ったタバコを放り込んだ。体を手で払い、タバコの臭いがしないかとあたふたした。
「はーい、今行きますー」
 おれは素知らぬ顔で看護師の元へと駆けてった。
「斎賀さん! ダメですよ走っちゃぁ。まだ胸骨にはヒビ入ったまんまなんですからね!」
「そうでしたね、忘れてました。いやーそれにしても空が綺麗だ。そう思いません?」
 俺の言動は可笑しかった。タバコを吸っていたと云う罪悪感とスリルに、脳がアドレナリンを分泌し始めていた。
「あっ、イワシ雲だ! 明日辺り雨ですね。シーツ取り込んでおかなくちゃ」
 若い看護師はそう言った。イワシ。確かにイワシにも見えるが、面白い例えだなと思い感心していた。
「知ってました? 羊雲って英語を日本語に訳した言い方なんですよ。だから日本ではイワシ雲!」
「へぇぇ、そういうもんですかぁ。で、何か用ですか?」
 看護師はポッと顔を赤らめてうつむいた。
「すみません。そうでした、面会の方がいらっしゃってますよ。斎賀さんのお部屋にお通ししておきました」
 空は素晴らしい。空のおかげで隠れてタバコを吸っていた事を自分でも忘れていた。
 面会者は京子だろう。毎日来てくれる。今日はバイトがあったから遅くなったんだろう。俺は浮き足立った気分で病室へ戻ろうとした時だった。
「最終日だから言いますけど、隠れタバコはダメですよ!」
 
 ばっ、ばれてたぁ~

 

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