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ショート・ショート

記述式問題

   

週刊誌記者の樋口 太郎は、世界的文学賞受賞を目前にした若き文筆家、原口 祥平がクイズ番組に出るということで、番組観覧に来ていた。ファンの振りをして原口に近付き、自伝執筆という大仕事を成功させようという編集部側の意向があったのである。

堂々とした態度で番組に登場した原口は流石の冴えを見せ、次々と正解を重ねていった。だが、番組司会者がスポンサーとヒソヒソ話をした直後出てきた、ごく簡単な記述式問題を見た瞬間、原口は急に態度を変え……

 

「……はい、『始まりました。『スーパークイズでQ』。司会はわたくし、水田 雄二がお送り致します。奇問、難問乗り越えて、最後に勝つのは誰なのか、今日も張り切って参りましょう!」
 最近売り出し中の司会者が声を張り上げると、篠田 太郎の左右に座っていた観客たちが一斉に立ち上がり、ばちばちと拍手を始めた。
 いささかオーバーリアクションに感じないでもないが、このテンションの高さが人気番組たるゆえんなのだろう。
(こりゃあ、なかなか騒がしいな)
 もっとも篠田は他の観客たちのようにノッていくことはできなかった。
 と、言うのも篠田は、番組のファンだから観覧に来たわけではない。
 本業である週刊誌記者の仕事の一環として、観覧席の最前列中央に座っているのだ。
「さあ、本日のスペシャルゲストはこの方、小説、エッセイ、ノンフィクションと、様々な分野で活躍されている、文筆家の原口 祥平さんです!」
 原口の名が紹介され、スタジオのソデから三十代後半ぐらいの男が出てきた。
 石をナイフで削りだしたような鋭い顔と逞しい体を持っている。
 美男と呼ばれることも多いからか、観覧席からは男女問わずの、盛大な拍手と歓声が響いている。
 実際、篠田から見ても仕事のできるいい男という感じだ。
(よし、来てくれたようだな)
 ドタキャンされなかったことに内心ほっとしながら、篠田はいい笑顔を作った。
 気の利いたことなどひとつも言える性格ではないが、シビアな状況での取材の経験から、相手を惹きつける笑顔だけは磨いてきた。仮に言葉が通じない相手でも、敵意のない表情は理解できるものである。
 そして、社内でも一番と言われる篠田の表情こそが、今度全社的プロジェクトとして行われる大仕事を成功させるための「武器」なのだ。
 社の上層部は、作家としてはまだ若手ながら、二十年のキャリアを持ち、世界的文学賞の受賞が間近いと言われている原口 祥平の自伝を出版することを決定した。
 しかし、普段の足取りがつかめず、仕事以外の話を一切せず、子供の頃の評判さえも不明な原口の記事を作ることは容易でない。
 腕利きのスタッフが何人張り付いてもスキャンダルの尻尾さえ掴めないほどガードが堅いのだ。
 しかし、全体的に出版業界の調子が良くない中では、何としても特ダネをゲットしなければならない。独占して、話題の中心にならなければいけない。
 そこで、篠田に白羽の矢が立った。
 真正面から取材を申し込んでも結果は思わしくなく、スクープを抜くこともままならないというなら、いっそ「友人」になり、私的な関係から切り込んでやろうというのが、編集長の意向である。
 だから篠田は番組観覧に出向き、最前列をキープするというわけだ。
 満面の笑顔で番組を見る姿は原口にも認識されるだろうし、周りにも認知される。
 何度かそれを繰り返してから、「ファンなんです、サインと、ちょっとお話を聞けたらと思いまして……」と内懐に切り込んでいく。
 時間はかかるが、このやり方なら、より深い情報を引き出せる可能性は高い、と、篠田自身も踏んでいる。
 もっとも、人に頭を下げたくないから記者という仕事を選んだ身としては、まったく気が乗らないタイプの任務であることも間違いなかったが。

 

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