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SF・ファンタジー・ホラー

死神の鏡身 十一話

   

 シャオは知っていく、死神が何か、シャオは知ろうとする、死神とは何か

 

 話し声が聞こえた。石の扉の向こうで、クジュと誰かの。
「リクはどこに住んでるの?」
「どこにも」
 その声は落ち着いているが高く、女性の声だとすぐにわかった。
「旅をしているんだ、だから家は必要ないんだよ」
「旅?」
「そう、たくさん回った」
「…………。どんなところを?」
「砂漠」
「なにそれ?」
「ここ、都に住んでいたら考えられないような場所。水が一切なくて、茶色い砂しかないんだ。雨があんまり降らなくて、生き物もほとんどない」
「そんなところ本当にあるの?」
「ここにはないかもね」
「ふうん、じゃあそんなところどこにあるの?」
「荒廃した世界になら、あるわ」
「荒廃?」
「そう、それは荒れ果てた世界でね。生き物はみんな闘争を繰り返すしかなかった。かつてはすごくすみやすくて、科学も発達していて。けれど、たった一つの過ちから放たれたミサイルで、秩序はなくなり草木は死んで、生きることがすごく難しい世界になった」
 そう、たった一つの疑心暗鬼から、世界に悪意がばら撒かれ、法も情も何もかもが焼き払われ、無価値になった。
 人は人を信用できなくなり、急速にその世界は死んでいったのだ。
「夜になると、悲鳴とか銃声とかが聞こえて。いつ自分が見つかるのかって。おびえて暮らす毎日」
「だから、旅に出たの?」
「というより、逃げ回っていたら、いつしか人のいないところまで出ちゃって、そのまま放浪していたというのが正しい」
 リクの語尾が締め付けられるようにしぼんだ。
「たくさんの場所を見てきた」
 そう続けるリクは淡々と言葉を口にする、突っかかりながら思い出すように。
「砂漠、荒野、荒れ果てた町。ガラスの破片を踏んで歩いた。踏むたびにこの音が誰かに聞こえていたらと。怖かった」
「ずっと、何かが追っかけてくる錯覚があった。今ならわかるよ、その正体は死。死っていうのは概念ではなく現象なんだ。だから常にそこにあって。私の視界から外れることなんてなかった」
「リク? 楽しいことはなかったの?」
 少しの間。漏れる吐息。思い出していたんだろう、数少ない楽しいことを。
「そんな私にも、安住の地はあった」
 リクは語りだした、今までにないくらい楽しそうに。
 旅の中で、疲れ果て、気力もなくなって、倒れて、師を覚悟した直後に、とある青年に助けられたこと。
 そこには奇跡的にルール、つまり法が残っていて、人がいて、人々が協力して町を守っていた。
 そこで過ごしたリクの数年間は、とても安らかで楽しい毎日だったと。わかった。
 けれどリクは、ほどなくしてその町を出ていく決断をすることになる。
「私は、そこなら人は生きていけると思った。だから私と同じように平和に暮らしたい人をさ。つれてきてあげようって。この楽園をみんなに教えてあげようって。思って旅に出た」
「そのあとはどうなったの?」
 クジュは緊張しているのだろう、間を挟むのにも気を使っているようだった、言葉一つ選ぶのにも戸惑いが浮かんでいるのが見て取れた。
 クジュ自身、わかっていたのだろう。その先を促してもいい話は聞けないこと。
 だって、もしリクの物語がハッピーエンドで終わっていたのなら、今の絶望し疲れ果て、敗北した者の顔を浮かべるリクは。
 説明がつかない。
「……。全部無駄に終わったの」
「無駄?」
「そう、だって私……」
 そうリクが言葉を言いよどんだとき。
 もう無理だと思った。
 これ以上クジュに余計な情報を与えるわけにはいかない。死神がことの核心を話す前に止めなければ。
 そうシャオは戸を押し開く。
「クジュ……」

 

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