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ショート・ショート

無失業プロジェクト

   

東日本中央経済特区(HCK)。より円滑な経済活動を進めるために作られた区域である。

 だが、他地域の税制改革がが進んだ今日では、特区としてのメリットは少なく、立地の悪さも手伝って、極めて失業率が高く、就業者が少ないという危機的な状況に追いやられている。

目前に迫った査察までに失業率を改善しなければ、特区は解消され、上層部に座る面々は、路頭に迷うことになるが、すぐに状況が変わるはずもなく、連日会議を開くも、打開策は見つからない。

そんな中、会議室の速記者として雇われた戸田が、何の気なしに出した言葉に皆の注目が集まり……

特区の失業率を改善させるための「秘策」とは。

 

「いや、参ったな、これは……」
 3Dプロジェクターに映し出された数字を見ながら、小宮 茂はため息をついた。
 会議場の円卓に座る他の面々も、皆疲れ切った顔に同意の色を浮かべている。
 もし反論する者がいるなら、意見の是非ではなく、「分かり切ったことを何度も言うな」という指摘になるはずだ。
「惨憺たる数値ですな。ここ十年で人口は三割減少、市場規模も二割減、格付け会社による評価も五ランク低下。独立区域の体裁を維持できたのが不思議なことぐらいでしょうな」
 広報担当部長の西谷 秀雄が苦笑いを浮かべながら映像を読み上げた。
 実際、独立運営を実現している区域の中で、この「東日本中央経済特区(HCK)よりも悪い状態のところはほとんどないだろう。
 この特区ができたのは数十年前、より円滑で活発な経済活動を目指すという目的で設置された。
 特区内では経済制度に対するほぼ完全な自由裁量が認められており、司法権までが許可されていた。
 当然、企業は我先にと本社を移し、設備投資も強力になされた。結果、当然のように特区内は発展し、特区製の商品が市場を席巻したことで、国全体にも世界にも影響を及ぼした。
 故に、特区をとりまとめる要職の権限と報酬も破格で、区長クラスになると並の大臣ポストよりも価値があると見なされるようになっていった。
 成功に次ぐ成功。中でもHCKは、その自由度の高さで群を抜いており、ダントツの評価を受けてきた。
 その特区のすべてを采配する議員たちは、まさしく「勝ち組」であり「特権階級」だった。
 中央政府でのキャリアを投げ打ってこちらに来ても惜しくはないというほどの身分だったのである。
 しかし、状況は変わる。特区での成功を見て取った政府が、国の税制や法制そのものを変化させていったのである。
 国としてはまったく当然の対応だったのだろうが、HCKにとっては大打撃だった。
 特区の最大のウリが消滅してしまったのだから。
 そうなると、住民たちはデメリット、中央政府とは異なる人たちによって支配されている、硬直的な体制への不満を隠さなくなり、移住する人間や移転する企業も増えていった。
 経済的な体力が削がれれば、ますます福利厚生には力を入れられなくなるという悪循環がもう、十年も続いている。
 既にいくつもの特区が負担の増加に耐えかね、他の自治体に吸収合併されていることを考えるとまだよくやっている方だが、ジリ貧を打開するためには一月後に迫った政府による査察を乗り切らなければならない。
 さもなければ、特区は消滅し、議員たちは全ての権限を剥奪される。路頭に迷うというわけだ。
「さしあたって対処すべき第一の問題は……」
 議員の一人が座ったまま発言を始めた。
「失業者についてでしょう。ここ五年、我が特区での失業率は二十パーセントを超えています。企業が去っていっているのですから当然ですが、失業者の増加は雇用などの各種保険料の増大を意味してもいますので、財政支出の面にも悪影響を及ぼしています。この点を乗り切らなくては、査察で合格点がつくことはまずあり得ないでしょう」
「新たに企業を誘致するということはできないのか? 人を増やせば売り上げが上がる。収益も増える。経済活動の基本だろう」
 小宮の反論に、老人と形容できる年齢の議員は、「議長」と前置きしてから応じた。
「企業の誘致には時間がかかります。オフィスを建て、あるいは工場を建設し、利益を出すにはさらに長い年月がかかります。すぐに失業者を労働者にできるような力はありません。仮に契約を取り付けたとして、査察官が加点してくれるかどうかは……」
「怠けているのではないのか。彼らの中には、外に出稼ぎをするような人間はいないのか」
「もちろん、出稼ぎをしようという人もいるでしょう。しかし、そんなアグレッシブさを持っている人なら、わざわざ面倒くさい手続きを踏まず、引っ越してしまうでしょう。外の工場なり店なりで働くなら、そちらの方がずっと楽ですからね。そもそも、ほとんど人が住んでいない原野を開拓してこの特区ができたのですから、皆故郷という意識を持ってはいません」

 

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