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SF・ファンタジー・ホラー

RAT <三十>

   

 なんとか朝までに引っ越しの準備を終わらせた俺たちは、さらなる未踏の地へと向かう。ラットは新しい環境に驚いているのか、そわそわと走り回る。

 

 
 朝、十時ぴったりにインターホンが鳴った。引越し業社が来たのだ。俺と京子は徹夜で食器や洋服をダンボールに詰め込んでいた。まぁ、ほとんどが京子だ。俺は立っているのがやっとだ。俺は何の役にも立たなかった。一番難儀したのは音楽室だ。パソコンやギダー、キーボードが入るサイズのダンボールを確保できなかったのだ。仕方なく、ぷちぷちに包んで傷がいかない様にした。なんだかんだで目にクマを作りながら山根も手伝ってくれた。山根は今、ソファーで大きなイビキに鼻ちょうちんだ。
 夜中、荷物を整理しながら、しきりに引っ越しの理由を聞いてくる山根に俺はどう返していいのか分からなかった。いつもならすんなりと言い訳が滑る様に出てくる俺の頭だが、警棒で殴打されたからか、頭が全然働かない、
「実は、この家も、この暮らしも、あの車も、全部父親の仕送りで成り立ってたんですって。で、この歳にも成って働かない! という事でお父さんが激怒しちゃったらしく、仕送りを止められたんですって。大富豪のお坊っちゃまは甲斐性なしですね」
 京子は山根とラットにそう言った。成る程! うまい言い訳だ。が! それは余りにも俺が恥ずかしいじゃないか。まぁ、売人を辞めて一端のカタギの職に就こうなんて、山根には口が裂けても言えない。
 金の入ったスポーツバッグは真っ先にダンボールに詰めた。山根の見ていない隙に。
 引越しの業者が新品の靴下を履いて部屋に上がり込んでき、次々とダンボールをトラックへと運んで行く。ベッドや家具を運ぶ時は壁に傷がつかない様に、プラスティック製のダンボールを切った物を部屋の角に貼り付けている。初めて聞く名前の業者だったが、きちんとしている様だ。
 すべての物が部屋から無くなった。残されたのは家具を置いていた跡の残る壁紙と、キラキラと舞い上がるホコリのみ。色んな思い出のあるこの部屋。特にラットと京子が来てから変わったこの部屋の景色。それが、ただの空間と化してしまった。なんなのだろう、この胸から込み上げるなんとも言えない気持ちは。喉の筋肉がキュッと締まり、鼻にツーンとした痛みを伝える。目の前が霞んで来る。そうか……俺は哀しいんだ。その時、山根が部屋を見渡し一言呟いた。

 

-SF・ファンタジー・ホラー


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