幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ノンジャンル

ディナータイム

   2015年11月25日  

 花本との約束の日。
 ランチタイム中の諒はどこか上の空で、大和は心配になってしまう。
 大和が諒に注意すると諒は我に返るのだが、それが何度もあるわけで心配にならざるを得なかった。
 ランチタイム終了後に大和は諒の様子が緊張からくるものではないと思い、諒に声をかけると諒は小さな声でこんな時心治ならどうしていいただろうかと本音をこぼす。
 諒に追いたい背中ができたことはいいことだと、大和は諒の成長をひしひしと感じるのであった。

 そして迎えた、ディナータイム。約束の時間の少し前に来店した花本達を飛由とともにもてなし、ついに諒の初めての依頼を受けての演奏が幕を開ける。

 

 
 ついにやってきた、花本との約束の日。
 諒はいつもよりも、若干そわそわしているように見える。
 勤め始めた頃に比べると、今の諒は想像がつかないくらいに落ち着いてはいる。
 不安に怯えることも、挙動不審になることも格段に減った。
 何より大和と飛由以外の人間に指示を出されても、混乱することが無くなったのだ。
 行動を実行に移すまでには少し時間がかかり、諒の中で優先順位を決めてからの行動になるから、指示を出されて行動に移るまでに数秒ほどその場でフリーズする。
 だがそこからはしっかりとほかの従業員のアシストに回る。
 まだホールでは一人で接客することはできないが、他のスタッフの手伝いならばもう問題なく熟せるまでに成長した。
 それだけでもかなり頼もしいが、やはり緊張から今日の諒はランチタイム中にどこか一点を見つめていて、若干焦点が合っていなかった。
 緊張するのは仕方がないが、あまりその時間が長いと店のムードが崩れかねない。
 だから大和はムードが崩れないよう、たまに諒に小さく声掛けをした。
「諒、しっかりしろ。」
 大和の声で、諒は毎回ハッとして前を向く。
「すみません…!」
 自分がどのくらいの時間呆然としてしまっていたのかすらよくわからないまま、諒は大和に謝罪した。
 前ほど大げさに頭を下げることも狼狽することもないが、大和が諒を注意する回数がかなり多い。
 ──大丈夫か~?!
 諒がピアノには僅かながら自信を持っているのは知っているが、こんなにぼんやりしている諒は初めて見る。
 最初に比べれば緊張は格段に和らいで入るが、和らいでいるだけで全体を通しては薄っすらと継続的に緊張し続けているのは、今でもまだ変わらない。
 緊張度がようやく普通に人が初めての職場に入った当日くらいのものになったというレベルである。
 だがそのレベルの緊張度とコツコツと築いてきた信頼関係があるからこそ、大和は諒に注意できるようになったのだ。
 最初は飛由以外の人間から話しかけられただけで震えていたのだ、それを思うと相当な進歩である。
 大和が休みの日のランチタイムはマスターが諒の指導に当たっているが、やはりいつもよりは表情が硬い。
 飛由が不在のディナーの日は、大和がいるからあまり緊張はしないようである。
 こうして一進一退しながら諒は少しずつ変わっていき、この日を迎えたのだ。
 そう思うと、諒の指導係という立場の大和としては感慨深いものがある。

 諒は浮足立っているが、すごく緊張しているという雰囲気ではない。
 ではなぜこんなにぼんやりしているのかと疑問に思い、ランチタイムを終えて大和はそれとなく諒に聞いてみることにした。
「諒ってさ、ぼんやりなってるとき何考えてんだ?」
 緊張で脳が働いていなければ、わからないといった趣旨の内容が返ってくるはずである。
 少し悩むかと思っていたが、諒は思いのほかすぐにその問いかけに答えた。
「今日弾く曲の指の動きが頭から離れなくて、声をかけてもらった時には無意識のうちに指が動いていて…。ディナーでは気を付けます。すみません。」
 諒はシュンとして大和に謝罪した。
「ぼんやりしてたらお客さんが心配するからさ、しっかり頼むよ。」
 大和はそう言って、ニッと笑って諒の肩を叩いた。
 大和の諒に対する声かけも、かなり変わった。
 出来ないことやミスをいきなり指摘したら、諒は一瞬で委縮してしまう。
 まずは諒を心配していることを伝え、それから直すべきことを伝える。
 手間ではあるが、諒には過去のトラウマ色濃く脳裏に焼きついている上にその傷も全く癒えていない。
 だから言葉かけに少しの手間と工夫を加えると、諒の緊張も委縮も最小限に抑え込んで言いたいことを伝えられる。
 怖がらせてしまっては、言いたいことも伝わらない上に信頼関係も構築できない。
 その信頼関係があるからこそ、今の諒の様子の違いが大和にはわかる。
「どうかしたか?」
 大和からのそれに、諒は小さな本音をこぼした。
「こんな時、心治さんならどうしてるのかなって。」
 今日が心治の休日と重なってしまい、心治は不在だった。
 同じピアノを弾く者として、諒は心治を無意識のうちに追っているのだろう。
 それが憧れなのか尊敬なのか、それは大和にはわからない。
 だが諒が追いたいと思う背中があるのはいいことである。
「次の機会に聞いてみるといいさ。」
 そう言うと、諒は大和ににっこりと微笑んだ。
「そうします!」
 諒の笑顔を見ると、大和の心はほんわかと温かくなる。
 諒がこの店に慣れてきたからこそ現れるこの笑顔を見ると、大和は単純に嬉しいのだ。

 従業員は週に二日休みがあるが、店が休みの日曜以外は休みの従業員の一つの穴をアルバイトが埋めている。
 このアルバイトの枠も、以前従業員だったという女性が二人がローテーションを組んで埋めていて、二名とも寿退社した人である。
「じゃあ今日のディナー、頑張ってね! 家から応援してる!」
 まだ若い女性アルバイト店員は諒の肩をバシンと勢いよく叩いて、店を出ていった。
 諒はその勢いに負けて、よろめきながらもそれを真摯に受け止めたのだった。

 

-ノンジャンル
-, , , , , , , , , ,

アストラジルド~亡国を継ぐ者~アグランド編 第34話「それでも――――」

   2017/11/20

探偵の眼・御影解宗の推理 【嘆きの双子】15

   2017/11/20

ロボット育児日記39

   2017/11/17

忠実な部下たち

   2017/11/17

モモヨ文具店 開店中<36> ~帰り行く者~

   2017/11/16