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彼の正体

   2015年12月2日  

 花本の依頼を経験して以降、諒は少し自信が付いた。
 今まで客に見せることのなかった朗らかな笑顔が現れ、ホールで一緒に組む相手の大和と飛由のみではなくなった。
 誰とでも仕事をこなせ、諒がピアノフォルテに定着し始めたある日。
 ある男が店に入ってきた。
 彼のターゲットは高校生アルバイトの南野速斗。
 彼を自らが教鞭をとる、心治の母校でもある上園音楽大学に引き抜こうとしていたのだが、彼の目に留まったのはピアノを奏でる諒の姿だった。

 ランチタイムが終了し、諒の口から告げられた彼との関係に店の空気が凍り付いたのだった。

 

 
 花本の依頼で野咲の母への演奏依頼を成功させて以降、諒は徐々にできることの幅が広がっていった。
 接客はまだ一人で全てこなせるわけではないが、客に自然と笑顔が向けられるようになったのだ。
 諒自身は無意識の変化のようだが、諒の表情はあの一件以来格段に朗らかになった。
 無駄な緊張感が和らぎ、羽毛のような柔らかな雰囲気と温かさをまとっている。
 これが諒の本来の姿なのだろうと、スタッフたちは諒がこのレストランに馴染み安心感を持ってきていることに安堵せずにはいられなかった。
 正直な話、最初のあの自信の欠片もなくいつも不安げでそのうち泣き出すのではないだろうかという、正しく捨てられた子犬のようだった諒を見ていたら不安で仕方なかった。
 それでもゆっくりと諒は変わっていき、今こうして笑っている。
 飛由の持つ春の日差しのような柔らかな温かさとはまた違う、諒の持つ雰囲気は確実に店の一員としての確固たる立ち位置を築き始めていた。

 基本的に大和と飛由としか組むことのできなかった諒だが、今となってはどのスタッフともそれなりに足並みを揃えて息を合わせて仕事ができるようになるまでになった。
 まずは心治と、次にマスターと仕事を共にして、その経験を生かして今は和彩とも難なく組める。
 ただ一名、土曜日にアルバイトで入っている南野速斗とだけはどうしても行動がちぐはぐになってしまう。
 速斗自身は諒と歩調を合わせているつもりでいるが、諒は本質的に若干のんびりしている節がある。
 他のスタッフはそれを見守り、諒本人の気づきに繋げながら指導しているが、速斗自身が若干せっかちな正確なため気が付いた雑務を手早く片付けてしまうのだ。
 速斗は諒を気嫌いしているわけではないし、諒からの質問には丁寧かつ紳士な対応をする。
 だが速斗はまだ十七歳の高校二年生。
“待つ”という指導法をスキルとして所持するには、まだ若すぎる。
 だから速斗と諒が組むと、結果的に業務時間の三分の一は互いに別行動をとっている。
 別行動を取っていても問題なく仕事はできているから特別な口出しはしないが、この二人が組む時は他もスタッフに若干の不安が生じる。
 もう一人の高校生アルバイトの花絵以外は皆それなりの大人だからだろうか。
 不安定に安定している二人の様子を見ていると、まるで綱渡りを見ているかのような気がしてしまってハラハラして仕方ない。

 

 

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