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迷い人に孫の手を3<2>

   

 柳瀬薫の日常は平凡で、平坦に過ぎて行くはずだった。

 人と出会い、触れ合って得た、新たな彼の生活は緩やかにその速度を増していく。
 
 迷い人に孫の手を3。第二話と相成ります。

 どうぞご堪能下さいませ。

○抜粋○

「秋穂ちゃん、そのお漬物、僕も貰っていい?」
「好きに食べて下さい。というよりいちいち聞かなくていいですから」
「でも同じお皿にお箸付けるから……って何?」

 女の子も居るんだし、と思って言った僕を、秋穂ちゃんは冷やかな目で見ていた。あれ、どうしてここで僕は、睨まれるのだろう。

「気を使うなら黙って食べなさい」
「はい、すみません」

 笑みと共に言葉が来て、僕は首を竦めて謝罪する。ご飯がこんもりと盛られた茶碗を秋穂ちゃんから受け取りながら、「謝らない」「はい」と、子供のように怒られた。

○○○

 

「何か、体中のあちこちの筋肉が痛いです」
「すまん、やらせ過ぎた」
「お爺ちゃん!」

 大きなちゃぶ台の上に、トクさんや秋穂ちゃんの声が響いている。僕の目の前にはハムが敷かれた目玉焼きに、煮豆に豆腐、プチトマトにサラダ、ご飯と海苔、昨日の夜の残り物があり、どれもがきらきらと輝いていて美味しそうだった。

 朝から慣れない運動をしたいせで、全身が悲鳴を上げていた。もっとも達成感のある疲労感なので、とても心地は良い。あと空腹感も相当だ。

「お前がいろいろやり過ぎるから、わしもつい力を入れちまった。悪ぃ」
「いえ、楽しかったです」

 棒を振り始めたのは今日からだけれど、週末になると僕は、必ずと言っていい程に、トクさんの家に泊めてもらうようになっていた。

 トクさんの孫娘である秋穂ちゃんには迷惑だろうと思うけれど、彼女はそれを良しとしてくれていて、今日も遠慮なく朝ご飯を頂いている。トクさんは言わずもがな、秋穂ちゃんのおかげで僕の休日は、平日とは比べものにならない程に健康的だ。

 そしてご飯に至っては、僕の日頃の食事とは比較するまでもなく、格別に美味しい。

「金曜日の夜はどうせうちに泊まるんだ。土曜の夜と朝は振っていけ」
「僕に拒否権はありますか?」
「いや?」

 トクさんの即答が嬉しかった。言われると思っていたので反論もしない。しかし基礎体力がないのはどうしようもないので、「走ったりした方がいいですよね?」と改めて問う。

「まあ暇なときにやれ。どうせ自分がしたいと思ったら勝手にするだろう?」
「こちらに泊めて頂く日は毎朝走ろうかと思います。平日もたまにしようかな」
「好きな時にやりゃあいい。夜よりは朝の方がいいな」
「わかりました」

 トクさんの失笑に、僕は頬を掻いて苦笑う。しかし棒術か。妙な事になってしまった。

 別に身体を動かす事が嫌というわけではないけれど、トクさんとはただの友達という間柄でいこうと決意していただけに、師と弟子の関係は少しむず痒い。しかし友達に学んでも問題はないと考え直して、それで良しとした。

「準備運動もさせないで棒を振るなんて最低」

 そんな僕らを見もせずに、秋穂ちゃんは辛辣に言葉を零す。当然、言われた相手であるトクさんの表情には苦悩の皺が浮いている。

「う、すまん。最初は座禅だけのつもりだったんだ」
「でも普通は筋トレとか走り込みからでしょ。柳瀬さんが怪我したらどうするの」
「いや、こいつは無駄に力まねぇから大丈夫なんだって」
「だ、め、で、す」

 トクさんに吐き捨てる秋穂ちゃんはしっかりと怒っていた。制服にエプロンを付けた彼女の迫力は凄まじい。女子高生のはずだけれど、トクさんに負けない意志の強さと凄みが見える。いやはや、最近の子も侮れない。

「おい、柳瀬。お前も笑ってないで何とか言ってくれ」
「僕がトクさんに頼んだんだよ。だから、悪いのは僕だよ」
「っもう。お爺ちゃんも柳瀬さんも仲良いんだから……知らない」

 少し頬を膨らませて怒ったフリをする秋穂ちゃんは見ていて可愛い。居間には三人が居て、のんびりとした朝食の時間が心地よい。土曜の夜は棒術の生徒達の練習日になっていて、晩御飯はその面々も食卓を囲むので賑やかだ。

 なんていうか、こういうのを幸せと言うのだろうか。だとすると、僕は今、物凄く幸せで貴重な時間を過ごしている。改めて人の縁というものは不思議だ。

 赤の他人が、赤の他人の家で朝食を食べている。恋愛ならまだしも、そんな縁ではないまた別の関係なのが更に驚く。

 全ては口約束で成り立っていて、そこには信用や友情と言った、人と人との繋がりに満ちていた。

 今この瞬間こそが貴重な時間だと、本当に思う。

 

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