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迷い人に孫の手を3<3>

   

 柳瀬薫の日常は平凡で、平坦に過ぎて行くはずだった。

 人と出会い、触れ合って得た、新たな彼の生活は緩やかにその速度を増していく。
 
 迷い人に孫の手を3。第三話と相成ります。

 どうぞご堪能下さいませ。

○抜粋○

「……あれ、柳瀬? 元気か?」

 連絡を受けていた会議室に入ると、そこに居たのは約束を取り付けた平賀課長ではなく、もっと良く知る人物だった。

 安物めいたスーツにペラペラのストライプネクタイ、髪型も寝起きに水で撫で付けただけのような安物ファッションの、柳瀬薫の笑みがそこにあった。

○○○

 

 
「おーい柳瀬、設計部の奴から資料貰って来たぞー」
「柳瀬さん、あの指摘もらった企画書直してきたんですけどー」
「前に相談していた件の話だけど……柳瀬は?」

 水曜日、それぞれ別課の担当者たちが柳瀬の席に群がっていた。朝から煩い事だ。しかし当の本人は居らず、三人はそれぞれに隣席に視線を向けた。

 俺は仕方なく、そんな彼らの方を見返した。

「柳瀬は打ち合わせ中っすよ」

 このところ、こんな光景をよく目にする。俺、柳瀬の同期である清水元成(しみずもとなり)は、奴のそんな状態を快く思っている。あいつがようやく動き出したのだ、これほど嬉しい事はない。

「えーと,清水さん? 柳瀬君、いつ戻るかな?」
「平賀課長と打ち合わせ中なんで、わかんないっすね」

 俺の説明に、三人がそれぞれ柳瀬の机に書類や資料を置いていく。柳瀬の机の上に並べられた資料を横目でチラ見しながら、俺は改めて思い知る。

 どれもがややこしそうだった。

 やっぱりあいつは、凄い奴だったんだな。

 今はいない柳瀬を思いながら、俺は腕組み頷く。そう、そうでないと困るのだ。

 俺ら同期はみんな、柳瀬が凄い奴だという事を知っている。それを表に出さない状態が延々と続いていた。正直、腹が立っていたと言っていもいい。
 それが最近、ようやくその片鱗を見せるようになってきた。同じ同期として、柳瀬が頭角を現してきたのは素直に誇らしい。

「何か最近、柳瀬さん人気者ですね」
「いつものほほんとしていて、人当たりはよかったけどねえ?」

 席の向こう側で、事務の女たちが柳瀬のことを話題にだしていた。まるで今初めて知った、みたいな口ぶりだ。そりゃそうだ、彼女たちは本当の柳瀬を知らないのだから。

「やる気になっただけだろ。今はとりあえず、平賀課長の右腕って感じだけど」
「なに? 彼って前からあんな感じだったの?」

 だからつい、俺はそんな会話に割り込み、自慢のように零してしまう。話好きの事務の子たちが俺の元にやって来るのは、少し気分がいい。今は課長も席に居ないので、世間話はし易い。朝一、だからなんだ。

「どういう事?」
「だってあいつ、やれるのにやる気なかっただけだからな?」

 俺の説明に女子たちが首を傾げている。俺は柳瀬と同期だから、あいつの事は良く知っているのだ。あいつの偉業とも言うべき、功績と奥深さを、誰よりも見て知っている。

 特に俺は、他の同期よりも知っていると自負している。それをようやく告げられる日が来たのかと思えばこそ、嬉しくなってくる。

 

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