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迷い人に孫の手を3<4>

   

 過去の出来事、濱根慎吾が見た過去語。新人研修で起きた出来事は、彼の記憶の中に今もなお生きている。

 迷い人に孫の手を3。第四話と相成ります。

 彼と、彼の周囲が織り成す物語。

どうぞご堪能下さいませ。

○抜粋○

「待てっ、お前っ! ドア壊すのが先だろう!」
「その外が煙だらけだったらパニックになるだけだよ。開けるのは後にして」

 清水の怒鳴り声に柳瀬が切り捨てた。ドアに向かおうとしていた清水が、慌てて手を引っ込めた。その肩を、隣の森が叩いた。

「焦らないで、清水君。大丈夫な気がします。火事の時はパニックになったら終わりだから。たぶん、彼に任せた方がいい」
「森……うん」

 森の言葉に清水が頷いている。俺と柳瀬は窓側に行き、火の元を見る。煙が上がっているのは、この建物の一階だった。まだ煙の量は少ない、けど、いつ増えるかわからない。足が震えた。早く、逃げないと!

 けれど柳瀬は動かない。じっと、煙を睨み付けていた。

○○○

 

 
『落ち着いて!』

 研修室、パニックになった新人社員の中、一人、冷静な奴が居た。全員が黙り、そいつを見た。煙はまだ侵入していた。

 酷くやる気のない奴だと思っていたそいつが、柳瀬薫だった。柳瀬は真っ先に窓に寄り、煙が入ってきた窓を閉めた。

 それから前の、ホワイトボードの前に移動した。迷いのない動きだった。

「部屋の真ん中に移動! 二列で整列! 先頭から番号数えて!」

 それは最初に、新人研修の最初に聞いた避難方法の基本だった。二度目の指示。俺も含めてみんな、その話は聞いていた。

 でも、頭から飛んでいたのだ。それを、奴は言った。

「全員っ、移動!」

 新人リーダー役の山倉が怒鳴り、全員が移動する。いや、柳瀬だけは既に移動していて、顎に手を当てて何かを考え耽っていた。全員の顔を、柳瀬は見ていた。

 そして、俺と目が合った。

「濱根君! 人数をホワイトボードに書いて!」
「っ、おう?」

 なぜか柳瀬は俺に言った。俺はすぐに柳瀬の横に移動する。疑問を持つ暇はなかった。窓の外には煙が立ち込めていた。緩やかに黒い煙が上がってくる。確実に火事だ。

「七と八? 十五だ? 違うっ、俺ら三人が居るから一八か? 一人足りない? 誰が居ない!」

 山倉が怒鳴る。こいつ、声が大きいけれど煩い。聞いていて苛立ってくる。マジックで七と八、柳瀬や俺、山倉で三人を足して十八と書く。新人は全員で十九名だ。確かに、一人足りない。

「誰がいないか解る? トイレ? それとも休暇とってる人居ない?」

 柳瀬の言葉に「あ!」と誰かが声を上げた。

「三浦が今日、休みだ! 一人足りなくて問題ない!」
「うん、よかった」

 休んでいるなんてすぐ解る。でもパニックになっているとダメだ。ホワイトボードに書いたから、間違いなく人数がそろっているのを、全員で確認した。

 柳瀬は、並ぶみんなを見た。誰もが見返した。

「各自貴重品を持って! 不要なものは放置! 一端自席に戻って、二十秒以内に再度整列して! 山倉君、少し声のボリューム下げてカウントして! 再整列指示お願い!」
「っおう!」

 柳瀬の、そいつの声に、全員が従った。貴重品を放置した方が良いんじゃ、なんて思いつつも構わず行動する。止まっているよりはマシだ。逃げようとした奴も泣き出しそうになった奴も、全員がただ黙って机に向かい、貴重品を手に取っていく。

「濱根君、一緒に来て! 火元を確認する!」
「また俺!?」

 柳瀬に言われて俺も移動する。山倉は再整列の指示をしている。確かに、残った俺が適任かもしれないが、俺を呼んだ理由はよく分からなかった。

 

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