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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

44口径より、愛を込めて episode25

   

 魔夜にとって、心の支えのような松野婦長がお見舞いに訪れる。そこで、魔夜はつい自分についた嘘を言ってしまう。現実から逃げようとする彼女に少しばかりの休息が訪れようとするのだが。

 本格ミステリー『44口径より愛を込めて』

 

【十二章:松野婦長】

 大雅の買ってきてくれた冒険小説を手に、病院のベッドで食後の読書を楽しんでいると、病室の扉からノックがした。続いて、百合の花束が顔を覗かせた。
「こんにちは、魔夜ちゃん。お見舞いに来ちゃった」
 松野さんだ。
「こんにちは! お忙しいところ、ありがとうございます」
 松野さんは、近くにあった花瓶を指差し、飾るわねと言った。百合の花束を花瓶にいけながら話を続ける。
「あの、望月さんが突然刑事の方と見えて、日向野先生と応接室に入って行ったの。何かあったんだろうと思ったら、日向野先生から魔夜ちゃんが倒れたって聞いて、念の為病院も変わるって。それ以上詳しく教えて貰えなかったから、今回のこと大雅君に直接電話して聞いちゃった。それより、体調はどう?」
 私は、両手でガッツポーズを見せながら答えた。
「もう大丈夫なんですけどね。陽太君も大雅も心配だから、もう少し養生してろって煩くって。大雅なんて、私がいないとなんにも出来ない癖に無理しちゃって」
 一応、強がってみせた。松野さんが、微笑する。
「元気そうでよかったわ。それでね、大雅君の記憶の話、覚えてる? 少し気になって調べてみたのだけど……」
 松野さんが、一瞬言葉を濁した。
「……魔夜ちゃんと大雅君に投与してた薬、アモバルビタールじゃなかったのよ。プロプラノロールと言って、忘却効果を持つもの。二人の薬に関してはいつも日向野先生が決めた量を先生から渡されて投与していたのだけれど、あの日、薬包紙に残った僅かな量を集めて調べてみたの。何故そんな事をしてるのか正直解らなくて、思い切って日向野先生に聞いてみたのだけど、先生からは後日改めて説明するってはぐらかされちゃって」
 私は持ったままの文庫本にしおりを挟んで閉じると、脇に設置されている小さなテーブルにそれを置いた。陽太君から聞いた話を、松野さんに正直に話す事にした。
「その件については、別に説明を受けました。今までの治療は、実は事件解決後の社会復帰目的として、事件に関する記憶消去の為に行われていた治療だったって。その事を知ってたのは捜査員と一部の警察、それから日向野先生だけ。先生も捜査員や警察の指導の元、行っていたようです。今回の事件で、私達の安全を考慮し病院と住居を変えるって説明は聞いたのですけど、薬の投与はどうするか……解らない……」
 そうだ。大雅の健忘が薬の所為ならば、このまま投与され続けたら本当に私の事も忘れてしまうかもしれない。容態が悪化すれば、廃人にだって。
「魔夜ちゃん、ごめんなさいね。私、なんの力にもなれなくて……」
 はっとして、見上げた松野さんの目は、悲しく揺れていた。
「だけどなんでも相談して頂戴。話くらいは、聞いてあげれるから」
 やっぱり、私は常に迷惑掛けて生きているように思う。
「……私……記憶……」
 それでも、失くしたくなかった。今ある、大切なもの。今までの関係を。
「記憶、戻らないんですよね。嫌んなっちゃう」
 我儘だ。震える手を、気付かれないよう布団の中に隠した。
「不安よね。薬の効果もあると思うけど、魔夜ちゃんの場合強く頭を打ってるから、その所為もあると思うの。でも、もう思い出す必要もないし、これから作って行けばいいわよ。新しい思い出をね。あと、事件が解決して家族に会えば、自然と少しずつ思い出して行くわよ」
 私に、家族はいない。それでも私は……
「うん」
 と、笑って見せた。
「じゃぁ、長居しても悪いし、また退院したらお茶でもしましょう」
 松野さんは、そう言って帰っていった。
「魔夜さーん!」
 今日は、客人の多い日だ。
「陽太君、サボり?」
 先日に代わって、随分と顔色が良い。休みでも取ったのか、私服姿で現れた彼の手には、有名ケーキ屋の紙袋が握られていた。
「サボりじゃないですよ! ハゲ河童が、休めって言うから休んでやりました」
「素直なのね」
「えぇ、でも魔夜さんとデート出来ないのが残念ですよ。お邪魔虫いないうちに、一緒にケーキ食べましょう。暇だったんで、買ってきたんです」
 彼が箱を開けると、中にはカラフルなケーキが六個入っていた。
「快気祝いですよ。明日、退院出来そうだって先生から聞きましたから。あぁ、そういえば婦長とすれ違いました。そこの花は、婦長から?」
 私は、頷いた。
「どれにします?」
「迷うなぁ。どれも、美味しそう!!」
「そうでしょう。どれも、好きそうなの選んできたんですよ。俺のチョイスばっちりでしょ」
 ドヤ顔で捲し立てる陽太君は、なんだか機嫌が良いようだ。
「じゃぁ、どれを俺にくれます?」
 いらないやつ、と言うのも失礼な気がしてしまう。一つずつじっくり見渡し、黄色で統一されたフルーツケーキを手にした。大雅が、好きなやつだ。
「じゃぁ、これあげる。他は……」
 突然、陽太君の手が私の頭をワシワシと撫で回した。
「あと、全部食べてください」
「あ、ありがとう」

 

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