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ハートフル

ふたりきりゆびきり

   

何事にも「旬」がある。
食べ物にもスポーツ選手にも役者にも。

そして、女にも。

 

 もう何度目か。
 などと考える事もなくなった。
 古い付き合いだから。
 でも、ベッドの中で絡む小指と小指の感触を確かめてしまうと、これは何回目なのかな。
 とも、やっぱり思ってしまうのだ。

 「余韻とか要らないのね、いつも。」
 半身を起こしながら、男は半笑いで女に言う。
 「うるせえよ。」
 女は最後の力を振り絞って、うねるように男に背を向けた。
 決して男に顔を見せようとしない。
 男は枕元に置いた眼鏡を取り、定位置に掛ける。
 眼鏡のズレを気にしつつも、何気ない素振りで寝転ぶ女の背を見つめる。
 女の背は広く、筋肉質だ。
 「綺麗。」
 誰に言うでもなく、男は呟く。
 女は何も言わない。
 「綺麗だ。」
 男は再び呟くと、女の背に指を這わす。
 振り払うために伸ばした女の手が、その指に軽く触れると、
 二人の小指と小指は、自然に結ばれていた。
 

 神奈川県、関内スタジアムでは三浦プラチナズ対東京パンクロックス三連戦の初日が行われようとしていた。
 女子プロ野球界の名物ライバルチーム、注目の一戦である。
 午後六時少し前、スタジアムは両チームのファンでごった返し、独特の興奮に包まれていた。
 そんな熱気の中、一人、ため息をつく女が居ることをファンは知らない。
「今日はベンチスタートね。」
 その女はプラチナズ主軸選手の一人。
 ただ、主軸と言っても、もう、
「今日も、か。」
 落ち目であった。
 
 夜の九時半を少し過ぎた頃、スタジアムからはぞろぞろと人々が引き上げてくる。
 試合結果は0対1でプラチナズの負け。
 大事な初戦を落としてしまった。
 荒立つ事もなく達観していることで知られるプラチナズファンも、この日の帰路はそうはいかないようだった。
 皆、口々に呟く。
「アイツはもう終わりだ。」と。

「悪い、私の所為。」
「何言ってんすか、点取られたのは私ですよ。」
 ファンの憤りを知ってか知らずか、ロッカールームでは呻くような会話が続けられていた。
 女は謝りながら若い女に頭を下げていた。
 それを見て、若い女は慌てている。
「やめてくださいよ。」
 若い女が何を言おうとも、それで慰められる女であるなら、自ら頭など下げはしないだろう。
 女は、自分で自分の事を惨めに思わない為に頭を下げているのだ。
 それというのも、最近の試合内容である。
 最近の彼女は「チャンスで打てない」の一言だった。
 勝負所で打席が回ってきても、何の期待感も無くアッサリ打ち取られる。本当にあっけなく。
 今日に至っては、最終回ワンアウト満塁サヨナラの場面で代打の切り札として起用されたものの、結果は、初球を打ちに行って内野フライ。
 最低限の仕事すら出来なかった訳だ。
 しかも、これが初めてではない。
 今期になって同じようなシーンを何度もファンに見せてしまっている。
 自分より幾つも年下の娘たちに、頭を何度下げたことか。
 女自身、そろそろ二軍落ちはおろか首元が寒くなる気配さえしているのだった。
「じゃあ、私はこれで。
 どうですか、みんなと飲みに行くんですよ。一緒に行きませんか。」
 フォローのつもりだろうか。
 すっかり私服に着替え終わった若い女は、去り際に女を誘った。
「あ、いやゴメン。予定あってさ。」
 女は咄嗟に答える。
 本当は予定など無いのだが。
 いくら気持ちの切り替えが必要であるとしても、今日の打席の出来では飲みに行くことなど心情的に考えられなかった。
 さらに本音を言えば、もう中年も過ぎようという自分が、若い集団に馴染む事など出来ないだろうと思っていたからだ。
 女はあまり社交的な人間では無かった。
 誘った方の若い女は、
「そうですか。」
 とだけ言って、
「それじゃあ。」
 ロッカールームを後にした。
 残った女は、その若い後ろ姿が消えるまで見届けると大きく溜息をつく。
 背中から見えた「若さ」が少し堪えたらしい。
 今、出ていった若い女、ユニフォームから着替えたといっても、Tシャツにジーンズという簡単な服装だった。
 それでも「若さ」が、その服装を彼女が最も輝ける服装にしていたのだ。
 自分があの服装で外を歩いたら、きっとただの「おばさん」になってしまうのだろうな。と考えると、溜息しか出ない。
 事実、「おばさん」に相応しい年齢でもある事は確かなのだが。
 溜息の理由はそれだけではない。
 やはり、野球選手としても差を感じてしまっている。
 投手と野手、そして若手とベテランであることを差し引いても、若い女は、プロ三年目にして先発ローテーションを守るチームの勝ち頭で、女は代打としても機能し辛くなった、ベテランというよりロートルである。
 劣等感を感じない訳はなかった。
 大きな溜息を再び吐き、ノロノロと着替え始める。

 

-ハートフル


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