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ラブストーリー

大正恋夢譚 〜秋桜〜 <2>

   

肺結核。
現段階では、この死病に効く特効薬はない。

小説版『東京探偵小町』外伝
―御祇島時雨&ニュアージュ―

Illustration:Dite

 

 彼我の境を失くして溶け合っていた体を乱暴に引き離し、伸びるに任せて少しうるさくなった前髪をかき上げる。この身の限界まで狩りを控え、久々に心行くまで空腹を満たすと、日頃の節制の反動なのか、どれほど喰らっても物足りないような気分になってくる。
 いや、今夜は「食い溜め」と言えるほどの獲物を手にしてきたのだから、飢餓感などとうに消え去ったはずなのだ。

 それなのに、こんなにも満たされないのは。

「僕をこんなふうに扱うの、珍しいですね」
 乱れに乱れた息が整うのを待って、愛猫のニュアージュが、批判がましい視線を投げかけてくる。完璧な容姿を持つ彼にふさわしい、エメラルドそのままの双の瞳が、夜明け間近の薄闇のなかでちかりと光った。
 夜半過ぎまで狩りを手伝わせ、収穫を分けてやった後も、強いて人間の姿を取らせたままにして。
 昨夜はニュアージュの意向などまるで無視して、自分でもどうかと思うほど、暴力的に抱いた。
 狩りの後は、冷めやらぬ黒い血のたぎりを鎮めるために。
 飢餓感に苛まれたときは、それを紛らわすために。
 わたしの愛猫であり、忠実なる下僕でもある彼を寝室に引き込むのはいつものことだったが――矜持が高く、モノ扱いされることを何より嫌うニュアージュのこと、昨夜の仕打ちには、さぞかし腹を立てているに違いない。
「それで……少しは気が晴れましたか? 御主人さま」
「まだだと言ったら、どうする?」
 あからさまに嫌そうな顔をするニュアージュの肩に手を伸ばし、情事の痕が散乱する胸へとゆっくり滑らせて、その肌のなめらかさを楽しむ。ニュアージュが小さく息を飲み、体を震わせると、知らず喉の奥が鳴った。
「僕を、責め殺す……おつもりですか?」
「まさか」
 彼の隣に再び身を横たえ、月光にも似た細い銀髪をもてあそぶ。何かを諦めたように目を閉じるニュアージュの、その伏せたまぶたにそっと口付けると、再びわたしのエメラルドが姿を現した。

 えぐり取ってしまいたくなるような、美しい目。
 彼がわたしの手中に入って、もう何年が過ぎたのだろう。
 思えば、この緑の目と銀の毛並みが気に入って、彼を我がものにしたのだった。

「おまえの目は、本当に宝石のようだね」
「申し訳ありませんけど」
 世辞など受け付けぬと、ニュアージュが緑の宝玉を隠して言う。
 たまに見せる、こんな拗ねた態度が愛おしい。

 

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