幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

44口径より、愛を込めて episode30

   

祭りのどさくさに紛れ、陽太は魔夜に思わぬ告白をする。
 本格ミステリー「44口径より、愛を込めて」

 

「ありがとう、魔夜ちゃん。でもね、私には小春がいる。それに、陽太君には本当に救われたわ。魔夜ちゃんや大雅君とだって、こうして知り合えた。主人は、あの人は、本当に掛け替えのないものを沢山残していってくれたのよ」
 奥さんが、私の方へと振り返った。その顔は、驚くほど穏やかな笑みを浮かべていた。
「さぁ、魔夜ちゃん。着替えましょうか」
 私は、頷いた。

 全員が着替えを済ます。因みに、陽太君の浴衣は、黒地にグラデーションの掛かったグレーの帯という組み合わせだった。ここだけの話、大雅より似合ってる様に思えた。
 蛍祭りの場所まで、徒歩三十分程度であった。道中、お祭りに向かう人々の姿が何組も有り、近付くにつれ、お祭り独特の賑やかな音が聞こえてきた。遠くからでも、屋台が並ぶ通りに沢山の人が集まっているのが解る。
「陽太兄! お祭りもう始まってるぅ!!」
 屋台を目撃し、小春ちゃんが慌てたように声を上げた。
「小春ちゃん、そんなに慌てなくても蛍はまだ寝てるし、屋台だってまだまだやってるよ」
 陽太君が、笑いながら言った。その後ろを奥さんが見守るように歩きながら、巾着の中の財布を取り出した。その中から二千円取り出し、小春ちゃんを呼んだ。
「小春、これで好きな物買いなさいね。もしはぐれてしまっても、知らない人に付いて行っては駄目よ。人気のない場所に行っても駄目。携帯電話は、ちゃんと持ってるわね?」
 小春ちゃんは少し恥ずかしそうに周りを見渡し、奥さんの差し出した二千円を受け取った。
「お母さん、心配しすぎ! あたし、そこまで子供じゃない」
 陽太君の手を引きながら走り出す娘に、奥さんは少し寂しそうな視線を送っていた。
 先に駆けて行った小春ちゃんと陽太君を横目で追いながら、屋台の列を眺める私と大雅に、奥さんは「私に構わず行きなさいな」と、背中を押してくれた。
 歩き出す私と大雅、人混みに紛れていく小春ちゃんと陽太君。それらを見送る奥さんは、余りに儚く、ケンさんと同じように消えてしまいそうな気がした。奥さんの姿に重なるよう人々がすれ違う。思わす呼び止めようとしたが、奥さんの姿は消えていた。
「金魚すくい。得意ですか?」
 はっとして振り向くと、針金の刺さったモナカを手に、陽太君が立っていた。
「あー!! ダメだぁ!」
 二メートル程先にある金魚屋の前で、気の抜けた声を出しながら、小春ちゃんがモナカの無くなった針金を握りしめて座っていた。左手に持つ器の中には、赤色の小さな金魚が泳いでいた。
「全然ダメ。すくえた事無いの」
 私が苦笑いを見せると、陽太君も同じように苦笑いしながら「俺もです」と言った。
「大雅さんは?」
 陽太君が問う。
「うーん」
 意味深な唸り声を出して、大雅は陽太君からモナカのポイを受け取ると、小春ちゃんの隣に腰掛けた。そして、ヒョイヒョイと小春ちゃんの器に金魚をすくい入れていく。
「大雅さん、上手い!」
 小春ちゃんが、感嘆の声を上げた。
「コツがあるんだよ」
 言うと、大雅は新しいモナカのポイを購入し、小春ちゃんに渡した。
 小春ちゃんへの大雅の金魚すくいレッスンが始まると、まるでそのタイミングを狙っていたかの様に、陽太君が私の手を引いて人混みに飛び込んだ。
「陽太君?」
 彼の横顔が、口元が、悪戯に笑っている様に見えた。私はそれ以上何も言えず、引かれるがままに付いていった。
 周りの雑音、提灯や出店のネオンに紛れて、ドッドッドッと波打つ音が、自分の心臓の音だと気付くには、少し時間を必要とした。
 こんな事、無かったから。
 陽太君の歩みが止まる。屋台の並びを抜け、人気の少なくなった土手を降りたところで。頭上にはぽつんぽつんと星がちらつき、黒と紺のグラデーションが空を占める。細い帯となったオレンジ色の夕焼けを見つめながら、陽太君が口火を切った。
「やっと、二人っきりになれましたね」
 はっとした。にやり、と彼が笑う。
「綺麗ですよ。浴衣姿、良く似合いますね」
 私は何も言えず、陽太君が握ったままの右手はそのままに、左手で自分の胸を押さえた。鼓動が苦しくて、息苦しかったけれど、過換気症候群の不安な辛さでは無かった。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド