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即断即決

   2016年1月6日  

 速斗の生い立ちを聞いて号泣する諒。
 そこには彼なりの理由が存在していた。
 自分の気持ちを兄からの言葉の間で揺れ動く速斗の心。
 それを聞いて、諒は速斗に後悔のない選択をと諭す。
 その話を聞きながら速斗は、諒の中に仁斗が持っているものと同じものをみたのだった。

 

 
 速斗の生い立ちを聞いて、諒は泣かずにはいられなかった。
 これには諒なりの理由がある。
 それは速斗の性格が真っすぐ素直に育ったことへの安堵感と、全てを自分に打ち明けてくれたことに対する感謝。
 仕事中はどこか頼りないが、諒は現在進行形で二人の子どもの育児をしている。
 親という立場から速斗の話を聞いていると、幼少期の子どもが本来一番厚い信頼を築き安定しているはずの親子間の信頼関係を親と持っていなかった事から非行に走らずによかったと思う気持ちが沸き上がってきた。
 そして頼りないであろう自分を選んで過去を語ってくれたことが、今まで他人にあしらわれ続けてきた諒にとってはどうしようもなく嬉しかった。
 いろんな気持ちが混じりあい、号泣という状態になったのである。

 諒が泣き止み、落ち付きを取り戻すまでしばらく時間がかかった。
 話を仕切り直すため二人で冷たい牛乳を一気飲みして、深夜番組を眺めながら一息つく。
 言葉の交わされない心地のいい空間には、僅かなテレビからの音声が妙にはっきりと耳に届く。
 季節は夏を折り返しているが、夜は少し蒸し暑い。
 窓を全開にして扇風機を回して、汗をかかない程度の蒸し暑さである。
「速斗君はこの先どうしたいの?」
 諒の問いかけに、速斗は俯かずにはいられない。
「俺は…。」
 今自分の腹の中にある答えでは、何も変わらない。
 それが分かっているから、答え渋らずにはいられなかった。
 暗くなってしまった速斗の横顔を見つめながら、諒は速斗からの答えを待つ。
「…俺は、本当は兄さんの後を追って音大に行きたいと思ってます。でも兄さんからは、後追いするなって何度も釘を刺されてて…。それに心身ともにあんなにボロボロになっていった兄さんを目の当たりにして、後を追う勇気も持てずにいます。」
 言葉通り、速斗の心は今大きく揺れている。
 だが本心はそこではない。
 諒はまだ続くであろう、速斗の“本心”を待つのみだった。
 ごまかしの利かない相手だと諒の目を見て察し、速斗は諒の待ち望んでいるそれを語り始めた。
「兄さんから嫌われるのが怖いんです。もし俺が自分の気持ちを優先して兄さんの背中を追ってしまった結果、兄さんから今以上の距離を置かれるのがどうしてもいやだから。…兄さんが高校に進学して心もですが物理的な距離も開いてしまったから、これ以上の距離を開けられてしまったら俺は潰れてしまう。」
 自分の気持ち、兄への想い、そして埋まらない距離…。
 その全てが速斗の足かせになっている。
「兄さんは俺にとっては兄であり父であり、時に母だった。この世で唯一血の繋がった家族で、俺のあこがれの人。その人から嫌われたり見捨てられたりするかもしれない可能性がある事柄の全てが怖いんです。」
 そう語る速斗の手は、ほんの少し震えていた。

 話を聞く限り、仁斗が速斗を見捨てることはないのではないかと諒は直感的に感じた。
 仁斗は速斗を大切に育ててきたし、今も速斗を大切に思っている。
 だからこそ自分と同じ思いをさせたくなくて、俺の後を追ってくるなと言っているように思う。
 速斗の実力は演奏を聴く限りかなりのものだが、技術面だけならば誠のことだからもっと他の人間に声をかけているかもしれない。
 しかしわざわざレストランに通い詰め口説いて自分のいる大学に入れたいと思わせるようなモノを、速斗は持っているに違いない。
 速斗がそれに無自覚なのもあるが、誠に引き抜かれてそれに自分の気持ちをプラスしたものと兄の言葉を天秤にかけたとき、言うまでもなく今の速斗の脳内では兄に軍配が上がる。
 諒自身が仁斗と面識を持っているわけではないから、無責任に速斗の背を押し、進学を勧めるわけにはいかない。
「速斗君。」
 だが諒は今の速斗に言えることがある。
「はい。」
 不安の闇に染まる速斗の表情。
 どうかそれが晴れますようにと、諒は小さく願いながら語り始めた。
「お兄さんに嫌われたくないのは、生意気と思うかもしれないけど僕もわかるよ。僕も子どもたちから嫌われたり見捨てられたくないもん。でもね、ただ恐怖で自分の意志を曲げてしまうのは、速斗君に後悔が残ると思うんだ。五年後、十年後にこうしとけばよかったって。僕の話になっちゃうけどね、僕は高校を中退して結婚して親になった。親には猛反対されて家を飛び出したから苦労は確かに多かったかもしれないけど、後悔だけはしてないよ。彼女と夫婦になれたこと、子どもを自力で育てられることは大きな喜びだから、僕は自分の選択が今は最良だったと思ってる。だからね、速斗君にも後悔しない選択をしてほしい。」
 普段の様子からは想像できない諒のそれは、やはり諒は大人なのだと速斗の中にしっかりと刻まれていく。

 

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