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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

見習い探偵と呼ばないで! Season7-2

   

 御影はターゲットを見失った。失態。その二文字が脳裏に浮かんだ。
 すぐに対処を取ろうと走り回る。新宿の夜は思っていたいじょうに動きづらいことに気づいた。
 帰宅のひとが多いから、道を阻むのだ。

 そして探偵社の指示を仰ぐことにした。小柴はいった。まるで御影の動きを見ているかのように助言した。
「後ろを見て」

 ターゲットが御影を見据えていた。すると御影の名前を呼んだのだ。
 初対面の桐谷がしるはずもない御影の名前を呼んだ。

 御影はその顔を見て、じょじょに記憶結びつく。その人物の正体がだれかを。そして思いもよらない事実が隠されていた。

 御影は探偵としての本質を改めて認識する意味も含まれているのだった。

 翌日、御影は晴れて探偵となるための資格を得た。だが、それは思いのほか期待を裏切る結果だった。御影は愕然とうなだれ、怒りが込み上がってきた。

 見習いは、見習いですらなかったことに、御影は憤慨の色を放ったのだ。

 

 帰宅の足のせいで、新宿駅へ向かう道は混雑している。視線をずっとむけていないと見失いそうだ。あまり視線を送り続けると、さすがに通りの反対側でも気づかれるおそれがある。視線はまっすぐみているようで、視界の右端でとらえるように注意を怠らない。もっとも尾行の基本である。

 信号待ち、御影もおなじように信号待ちをする。だが次の瞬間、トラックが視界を阻んだ。交差点に進行してきたトラックが御影とターゲットの間でとまってしまい視界を遮った。

「たくっ、これは予想していることだったが、こうもタイミングよく警戒していたことが現実になるとはな」御影はすぐに視界にターゲットをおさめようと回りこむ。

 どうやら歩行者用の信号が赤から青に変わったようだ。彼女は人ごみにまぎれて目立つその姿を夜の新宿街へ姿を消してしまった。

「まかれてしまった」御影は完全に見失った。

 こうもあっけなく尾行が終わるとは、探偵として見習い以下であることを思い知らされる。

「けっきょくおれは森谷さんたちがいなければなにひとつできないということなのか」落胆している御影だった。

 もういちど周囲を見渡す。それらしいターゲットは見当たらない。

 御影は絶句している。「この尾行は、失敗だ」

 だが、御影の足は前進している。必死でどこにいるかわからないターゲットを見つけ出すため、駆け回って足掻いた。

 やはり徒労の結果となるのだった。「ちくしょう」小さく声が漏れた。

 ものの数十分で不甲斐ない結果を伝えなければならない。

「すみません」
 御影は探偵社に報告した。走り回りほんの数十分だが、体力が尽きそうになっている。パニックと焦りから無駄に心拍数を上げて、呼吸も乱れたままだった。

 御影は新宿駅まできていた。

 頭を正常にもどすことに努めた。冷静に考えることでミスをやり直すことができる、氷室探偵ならそうするからだ。

「ターゲット、ロスト。すみません見失いました」

「そう」探偵事務所の事務員、小柴が応対した。が、妙なことをいった。「後ろを見て」

「え?」御影はが振り返ると、ロングヘアーにサングラスをかけた女がいた。
 ターゲットの人物だ。確実に御影を見据えていた。

「バレた!」思わず声がでた。スマートフォンを持つ手がだらりと落ちた。

 ターゲットの女が近寄る。サングラスの奥側の眼球の視点は確実に御影を見ていた。
「ちがうわよ、御影くん」女はいった。

 なぜ、桐谷は御影の名前を知っているのか。そもそもなぜ、御影が御影だという名前だと知っているのか。

 小柴は電話口からずっと御影を呼びかけていた。

 応答のない御影は眼前の女に意識を奪われ、なにも聴こえずにいた。すでにスマートフォンの手の感触すら失われていた。
「おーい、見習いくん、どうしちゃったのかな──」小柴はまだ呼びかけている。

 御影はその女が近づいて対面の距離までくると、あっ、と声を漏らした。

「あんた!」御影は驚愕した。

「こんばんは、わたし桐谷 玲子、なんちゃってね」
 女は、サングラスをとり、ウイッグのカツラをとり、素顔を晒した。

 氷室探偵事務所の女探偵、水桐 音羽だった。

「元レディースの総長!」
 御影は大声でいった。夜の新宿の騒音にかき消されてだれにも気づかれていない。

「しっ、やめなさいその呼び方!」水桐は御影のくちを自分の手で塞いだ。

「水桐さん!」御影は言い直した。

 小柴は電話口から、ふたりのやりとりする声が聴こえると通話を切った。

 水桐と小柴はメールでやりとりしていた。御影がしっかりと尾行できているかどうかを見極めるために。

「なんだ、これ、どういうこと?」御影はわけがわからなかった。

 たがいに緊張感がとれると、一歩引いた水桐が話す。
「バカね、これはあなたが探偵としてどこまでできているかの試験よ。まだ見習いなんだから、とうぜんでしょ。こういう見極めは必須で義務なの」

「そんな」見習い、と蔑まされた御影。ひとりで任されたと信じ込んでいたが、テストをやる意味を諭された。

「だいじょうぶよ、あなたはよくやっているわ。思っていたよりもね。判断力はある、冷静さもある。こんかいは見失ってパニックになったようだけど、しっかりと探偵社に報告できていたしね。それとあきらめようとしなかった。駆けずり回って必死に任務の続行に頭のなかはいっぱいになっていたようだし」

「それが、まっとうすべき探偵の職務だ。とうぜん」

「でもそれができないのが多いのよ。見失ったことで、事務所にもどってきちゃうのが普通なの。大地さんもそうだったし、わたしも、だれひとりとして捜しあてるすべはないのに見つけようとするあなたの行動はたいしたものだった」水桐はほくそ笑んでいた。

「そう、なら合格ってこと?」

「普通ならじゅうぶんだいじょうぶなレベル。尾行を途中で撒くようにわたしは動こうとしていたし、でも偶然にも交差点の反対側にいたせいでトラックが間に入ったことにわたしも気づいた。だからそれを機に姿を隠してあなたの背後をとった。あなたの行動、判断、探偵としてどうすべきか、それらを考えていた様子、そのすべてをわたしは見せてもらったわ。ほんらい尾行されるなんて日常ありえないでしょ。ほんとうの依頼であってもここまで見失うことはない。あなたの注意力と集中力なら、問題はないと思うけど」

「そう、よかった。これで探偵をクビになるのかと思った」

「そんなことはないよ。このテストはあくまでそれらの反省点を自覚を見極めること。慣れてしまった状況のせいで盲目になってしまいがちなこともある。それを気づかせるのにちょうどいいカリキュラムってわけ。つぎに依頼に対応すべきスペックを向上させるきっかけにもなるしね。だから安心なさい」

 御影は安堵した。「わかりました」

 

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