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ラブストーリー

大正恋夢譚 〜秋桜〜 <4>

   

「どこか、行ってみたい場所はないのですか? 美しい湖、涼しい高原、海の見える浜辺。いろいろあるでしょう」
「だって……どこがいい場所なのだか、ちっともわからないんですもの」

小説版『東京探偵小町』外伝
―御祇島時雨&ニュアージュ―

Illustration:Dite

 

「どうして御主人さまは、あの少女を、御自分のものにしてしまわないのです? 死ぬ寸前の人間なら、御主人さまの良心とやらも、たいして痛まないでしょうに」
「彼女の短い生を、そのままに愛してやりたいからだよ」
「そんなこと、微塵も思っていらっしゃらないくせに。要するに、運命の人ではないから、どうでもいいわけですね。エサにも仲間にする気も起きないけれど、暇潰しにかまう分にはちょうどいいと」
「ニュアージュ。聞き捨てならないことを言うじゃないか」
「気まぐれや暇潰しではないのなら、どうしてあの少女を、そんなに気に掛けたりなさるんです?」

 梅雨も終息に向かい、季節は夏へ移り変わろうとしていた。
 これから秋口に入るまでの二ヶ月間ほどが、一番しのぎにくい。暑さではなく、照りつける強い日差しが辛いのだ。昼日なかの戸外を歩くだけでひどく疲弊してしまい、消耗が激しければ、命を繋ぐために狩りに出向かねばならなくなる。それが物憂かった。
 しかも、この館から長尾邸まではかなりの距離がある。朝のうちに移動すればさほど負担にはならないが、あいにく、約束の午後二時まで、時間を潰せるような適当な場所がない。邸内のどこかに身を潜めていてもいいが、そこまでするのも馬鹿らしかった。
 かと言って、朝のうちから訪ねて、時間まで香澄の相手をするというのも、良案とは言い難いだろう。わたしが行けば香澄は喜ぶだろうが、見舞いも度を過ぎれば負担になる。
 それに、いかに病身とは言え、相手は妙齢の少女だ。
 病院ならまだしも、庭外れの土蔵に臥せっているところに、男が長時間入り浸るのは外聞が悪すぎる。しかも、こんな異国の血が混じった男とくれば、なおさらではないか。
 結局、長尾夫妻に掛け合って、夏場の授業は夜間に変更してもらうことになった。火曜と土曜の夕食後に二時間ほど、これなら昼間よりは幾分しのぎやすく集中もできるし、何より夫妻が揃っているところで、香澄の話題も出せる。再度、入院を勧めることもできるかもしれない。

 そんなある晩のことだった。
 この暑さがよほど体にこたえるのだろう、最近は起き上がることすら稀になった香澄だったが、わたしが見舞う日は、背に枕を当て、体を起こして待っていることが多い。その晩も、香澄は一人きりで何をするわけでもなく、人待ち顔でぼんやりと部屋の片隅に巣食う闇を見つめていた。
「先生は、どうして」
 わたしを見上げて、香澄が囁くように問い掛ける。
 視線で続きを促すと、香澄は微熱をはらんでうるんだ瞳を、まっすぐこちらに向けてきた。
「どうして香澄に、こんなに良くして下さるのですか?」
「それはもちろん、あなたが良い子だからですよ」

 

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