幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ノンジャンル

心の欠片

   2016年2月10日  

 仁斗の演奏で、自らの得たいものを仁斗が全て作り出してしまい居たたまれなくなってホールを出てスタッフルームに向かう速斗。
 泣きたくなんてなかったのに気持ちとは裏腹に、涙は溢れ嗚咽までこぼれる始末。
 速足で向かったスタッフルームのドアを開けたら、そこには休憩中の飛由がいた。

 

 
 店内は仁斗への拍手で溢れている。
 それは先ほどの速斗に向けたものとは質が違うのは、スタッフの誰が聞いていても明らかだった。
 それは速斗自身が一番分かっている。
 どうしてこんなにも違うのだろう。
 どんなに努力しても、この拍手は自分の実力ではもぎ取れない。
 思い描く音楽の為に練習しているのに、練習を重ねたところで全く近づいている手ごたえはない。
 音楽も仁斗も、必死に追えば追うほど遠のいていってしまう気がしてならない。
 ただただむなしくて悔しくて、心の逃げ場が無くなって。
 速斗は音を立てずにホールから抜け出し、スタッフルームへと逃げた。
 自らが作り出したかった聴衆から雰囲気に背を向けて、足早に廊下を歩いていく。

 ──あの雰囲気は俺が作り出したかったのに。仁斗みたいになりたいのに。仁斗と俺の技術面は大差ないのに。

 一向に伸びない自らの音楽と、容赦なく大空を舞う兄の音楽。
 比較なんてしたくないのにしてしまって、息もできないくらいに速斗の心は追い詰められていて。
 流したくなかった悔し涙が止まらない。
 拭っても拭っても拭いきれず、もらしたくなかった嗚咽さえも口から出てしまう。

 ──こんな姿は誰にも見せたくない…。

 どうか誰にも見つかりませんようにと、それだけを願いながら足早のスタッフルームへと歩いた。

 速斗のカウンターからマスターは何も言わずに見送った。
 速斗の後を追おうとした心治の腕を、マスターは咄嗟に力いっぱい握った。
「今は一人にしてあげよう。橘君の言葉は今の南野君には浸透しません。」
 マスターの言いたいことはわかる。
 自らの求めるものに手が届かない状態の速斗に、完成している自らの音楽を保持している心治からの慰めも激励も、今は傷に塩を塗るような効果しかない。
「…わかりました。」
 心治はマスターの言葉に従い、業務に戻った。

 

-ノンジャンル
-, , , , , , , , , ,


コメントを残す

おすすめ作品

男子会①

占われた人生

会わなければよかった 後編

鐘が鳴る時 ■誓い-天麻皇女 3

更年期パラダイス【7】