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歴史・時代

水無月の惜別<下> —妻と夫の関ケ原 第二部—

   

 お玉を大事に思う忠興は、自害を覚悟するお玉に思いとどまるよう一旦は説得しようとする。
 しかし、お玉の決意は固い。お玉には忠興の迷惑になりたくないという思いと、そしてもう一点自分の信仰に基づくある理由があった。
 忠興はその二つの理由を知り、自分たちのこの世での添い遂げがたさを改めて考える。そして、家来にある命を下す――。

 

 側室はたくさんいるが自分にとってやはり妻は別格、忠興はそう思っている。ゆえに彼女の心を尊重して、強引に迫らないのだ。
 そんな大好きな妻だからこそ、別れがつらい。
 これから始まる戦を前にして、お玉の身が心配にもなる。
「その時、己が心配なのは何をおいてもお前のことだ」
「何故にござりますか。殿がご武功をお立てなさること、玉は祈っておりまする。心配など無用にござります」
 生来の気の強そうな眉を少しつり上げて、お玉が言った。
「いいか、お玉」
 天下の情勢を知らぬお玉でもあるまいに、と思って不審ながらも事情を説明しようとする忠興の口を、お玉の手が柔らかくふさいだ。
「いいえ、分かっておりまする。石田殿に人質に取られた時のことを、殿は仰っているのでしょう。その時は、人質に取られる前に玉は自害いたします。だから……」
「心配は無用というのか」
 お玉は静かに頷いた。
「戦国の世が続く限り、いつかはこうなると分かっておりました。父上が謀反なさった時にも、殿が家のために自害せよと言われたのなら、自害いたしました」
 お玉の決意が痛いほど、忠興には伝わってきた。忠興には、自害せよとはどうしても言えなかった。
 あの本能寺の変の時も、お玉に自害をすすめよと言う声は家中にあった。しかし、忠興はそれを拒みつづけた。拒んで、丹後山中、三戸野の山伏寺に「捨てる」形を取った。それでも心が痛んだ。お玉を失いたくないのだ。
 その時よりも、今回の状況は切迫している。
「お玉……、私はお玉と別れとうない……。人質となり、生きてはくれまいか」
「何を仰られます。玉が人質とならば、殿は思う存分腕を振るえますまい。玉も、生き恥をさらす気は毛頭ござりませぬ」
 この決意を揺るがすことは、もう忠興にはできなかった。こういう点では、忠興は非常に弱い夫だった。
 しかし、忠興はそんな今の夫婦関係が心地よかった。
 忠興は、ふっと肩の力を抜いて言った。
「お玉、お前の気の強いのは相変わらずじゃな。覚えておるか、夫婦喧嘩を庭師に見られたときのことを」
「覚えておりますとも、殿ときたら突然庭師に斬りかかるので、玉はびっくりいたしました」

 

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