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ノンジャンル

最強の存在

   

近未来。コンピューターは日進月歩の発展を遂げ、極めて複雑な事柄への答えも示してくれるようになった。

企業の舵取りにしても政治にしても、基盤となる思想から結論に至るまで、選ぶべき事の概要が確実に分かるようになった。

故に、企業の行動方針などでのトップの判断力の必要性が薄まり、社長業は誰にでもできる仕事になりつつあったが、だからこそ容姿や印象、仕事以外での実績といった要素が何よりも問われるようになった。知名度や好感度が高い「社長」こそが、優れていると見なされだしたのである。

中でも、人気の出やすいスポーツ面での成功を得るため、各国の企業家たちは熱心に候補者を競技会で競わせるようになった。ルールは有名無実であり、各種ドーピングはもちろん遺伝子操作なども行われ、企業の看板となるにふさわしい、「最強の存在」を追求されていった。

だがルール無用の競争が行われた結果、皮肉にも技術力が均一化し、白熱した勝負が行われてもいた。

そんな中登場した「岩野コーポレーション」所属の「岩野 一」は、遺伝子操作された強者たちを相手にあらゆる競技で優勝し続けるという離れ業をやってのけた。

しかもあらゆるドーピング、遺伝子操作検査では不正は見つかりもしなかった。

通常では有り得ない覇業を達成する岩野。彼の勝利を支える秘密とは……?

 

「さあっ、始まりました。重量挙げ十種競技、最終種目。ランニング・アップ! 選手たちは既に疲労困憊ですが、五千メートルの距離を走破し、十ものバーベルを挙げなければなりません! この過酷極まるレースでも、最強のチャンピオンはその力を見せるのか、それとも波乱があるのでしょうか!」
 アナウンサー・ロボの流暢な語りに観客は歓声を上げた。物凄いヒートアップぶりである。
 もっとも、声を出している過半数は有機アバターのスピーカー越しであり、残りの多くも端末からである。
 今時、特別な理由でもなければ生で競技を見ようとは思わないものだ。
「順調な戦いぶりですな、会長」
 そんな中、岩野 怜司は、全身をすっぽりと包むコートを着込み、野外特別観覧席で試合を見ていた。
 隙なく刈り込んだ頭髪や鋭い目付きは、勝負の世界に生きている典型のようでもある。
「問題はなかろう。すべての『調整』は済ませてある。帯電による不調への対処も、オセアニアからのデータで可能だ」
 岩野がそう言うと、隣りに座る矢代 隆一がにこりと、邪気と隙を不自然なほどに感じさせない笑みを見せて応じた。
「それはよろしゅうございます。つまりは、会長が権勢を得る日が近くなるというわけですからね」
「人聞きの悪いことを言うな。もし力を握ったとして、それを使うのは彼の仕事だ」
「しかし、キャリアのスタートは会長のお側で、という形になるわけですから……」
 岩野は軽く頬を緩ませることで、話を打ち切った。
 やはり、矢代の方が一枚上手である。
 見た目は少年で、笑顔もまったく無邪気だが、意思に裏打ちされた観察力と並外れた経験を持っている。
 何故なら彼は、今年で百歳になるのだ。方々でもう八十年以上も秘書の仕事を続けているのだという。
 矢代が、種族的特性の枠を超える若さを手にしているのは、遺伝子操作のおかげである。
 寿命を司る遺伝子を改良し、根本的なアンチエイジングを実現するという技術は今では当たり前であり、端末から映像を転写している一般の観戦者の中にも、実年齢よりずっと若い人が多い。
 顔だけでなく肉体も若々しく、男性であればかなり筋肉がはっきり分かる感じの映像を示している観客がほとんどだが、このあたりまでの「調整」は基礎保険でも十分対応できる。
 仮に日本の全国民がこの程度の遺伝子を加工しても、国は完全に責任を持ちますと言っているわけだ。
 遺伝子操作技術が広がった理由は様々だ。
 企業の営利欲や社会団体の善意、不本意な流出等々、考えられうる全てのルートから情報が普及していき、蓄積されていった。
 そして、事柄の性質上少なからず歓迎された。
 こうなると、いかなる力をもってしても統制は難しく、火や弓矢や車輪、あるいはインターネットに対するような態度を人類は取らざるを得なかった。
 技術を地球の隅々にまで行き渡らせ、ただし使わないのは自由という考え方に世界は至った。
 世の中には、まるで整形するように遺伝子を改造する男女が溢れていった。

 

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