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ファルブル・コイン

   

ヨーロッパのある国の辺境で貴族をしているファルブル家は、自分の家の従僕たちに家長や家族の名を刻んだ「ファルブル・コイン」を給料として支払っていた。

粗末な銅や鉄などでできたそのコインは、ファルブル家の領内でなければ価値を持たず、粗悪であるが故に溶かして再利用することもままならない。

だから従僕は家に残らざるを得ず、ファルブル家の当主たちは離反の心配もなく、人を使い倒しておくことができた。

だが、妙なことに家計担当のダルゾンだけは一切コインを使わず、散財することがなかった。ダルゾンの子や孫もその習慣を引き継いでいった。

時は流れ、様々な状況の変化によってファルブル家の勢力は削がれていった。そして、ついには革命によって貴族としての位と保障までも消滅し、完全に路頭に迷うこととなった。

日々困窮の度合いを増す暮らしの中で、ファルブル家第十八代当主は、自分に仕えていた従僕、ダルゾンが、質屋を経営していることを知り、早速会いに行くのだったが……

 

「おい、馬だ、いや、籠を引け。山向こうの畑を巡察する」
 ヨーロッパのとある国、山がちな国土の中では比較的平坦な領地の一角にある館の中で、男の低い声が響いた。
 すぐさま従者たちは部屋の外へと歩み出て、籠の準備を始める。馬か、でなければ徒歩で見回れば主人一人で済むところだが、嫌な気配を見せるだけでも給金の額に響くだけに、従者たちは、年下の主人に最大の忠誠を尽くす。
「ふん……」
 その様子を眺めながら、館の主、ファルブル二世は嘲るように笑った。
 自分よりも何十年も長く生きているのに何て様だ。これで館に来る前はいっぱしの騎士だったというのだから傑作だ。
 と、腹の中で高笑いしながら、ファルブル二世は懐から硬貨を取り出した。
 黒光りしているものもあれば、赤みがかったようなもの、白く固いものなど様々だが、コインの表裏に彼の名前が彫り込まれていることは一致していた。
 これは、「ファルブル・コイン」と呼ばれているものだ。
 正式な通貨ではないが、ファルブル家の領内では通用する。もっとも、金や銀ではないために大した買い物はできず、せいぜい簡単な食事の代わりになるか、出所不明な密造酒を出すような酒場で憂さを晴らすか、不用品市で使うか、という程度の価値しか持っていない。
 温暖であるとは言え、中央よりははるかに貧しく、また、権力争いからも遠ざけられたささやかな代価として、黙認されているだけに過ぎない。
 ファルブル家は、先代の頃からこのコイン作りを、存在感の誇示のため、あるいはうっぷん晴しの手段として利用してきた。
 正式な位を持たない地方領主のため、宮殿では王に拝謁することもかなわない。
 ただ名門の出というだけで、元服前の少年が当たり前にできていることが認められていない身分ではあるが、この地であれば誰よりも強い権力を有しているのだと、見せつけたい部分があったのも事実だ。
「手が止まっているぞ。誰か別の人間に替えて欲しいのか」
「も、申し訳ございません。すぐに刈り取りを済ませてしまいますので……」
 巡察現場にファルブル二世の声が響く。
 応じる野良着の男は、手に持っている鎌をも震わせてしまうほどに恐縮している。
 無理もない。彼は年貢を納めれば良いという普通の農夫ではなく、ファルブル家に雇われた従僕である。
 作業にあたっている農地も直轄領であり、土の一片、小石の一つに至るまでがファルブルの物という形になっている。
 だから、ほんの少しの失敗でも、主人の顔に泥を塗ったということになり、男には給料は支払われくなってしまう。だから必死になって仕事をするのだ。
 実際、ファルブル家直轄領で採れる麦や野菜は国中の農地と比較しても際立って質が高く、そのことがファルブル家の覚えをめでたくすることにもつながっている。
 しっかりと伸びた麦を、男がてきぱきと収穫していく。
 その手早さ的確さには、ファルブルも内心感心を禁じ得ず、無表情の裏で、心中笑みを浮かべていた。
 この分なら、わざわざ「指摘」をして給金を減らすまでもあるまい。

 

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