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ノンジャンル

言葉足らず

   2016年3月16日  

 優菜から何を言われてもほとんど動じない仁斗。
 しかし優菜が語り始めた、仁斗の知らない速斗の顔に仁斗は自分のしてしまったことの重大さに、いまさら気付いたのであった。

 

 
 優菜からの告白すべてが、仁斗にとっては寝耳に水だった。
 仁斗の気持ちはいつでも速斗に向かい合っていつもりだったし、速斗がぶつかってきた時には真っ向から受け止めていたつもりだった。
 だから仁斗は優菜の言葉にもほとんど動じていない。
 ──頑張って啖呵切ってっけど、こいつが俺たちの何を知ってんだ。
 そう。
 仁斗は家を出るまで、時間が許される限り速斗と時間を共にしてきたのだ。
 その長い何月は、何物にも変えられない。
 速斗は幼いうちに両親を亡くした。
 だから仁斗は、速斗の兄でもあり時に父としてしての顔も持っている。
 母の死後、レッスン日以外の練習には仁斗が必ず付き合い母直伝のノウハウを速斗に叩き込んだ。
 速斗に一番近くて、速斗のことは何でも知っているという揺るぎない自信を仁斗は持っているのだ。
 優菜の言葉に一瞬驚きはしたものの、怯むことはなかった。
「俺が速斗に何をしたのか、教えてもらおうか。」
 どっしりと腕組みをしてこちらを半ば睨むように見てくる仁斗に、優菜はうっと息を詰まらせた。
 だがここまで来て、引き下がるわけにはいかない。
「仁斗君帰ってくるって聞いた時、お兄ちゃんは本当に嬉しそうだった。仁斗君が帰ってくるまで毎日カレンダーにバツ印して、私に“あと○日で仁斗が帰ってくる”ってはしゃいでた。仁斗君が帰ればお兄ちゃんは仁斗君とずっと一緒にピアノの部屋にこもってて…。」
 ここまでは、仁斗もよく知っている。
 優菜には悪いが、速斗を“優菜の兄貴”にする気は毛頭ない。
 どんなに逢っていない時間が長くても、速斗は“俺の弟”なのである。
 少しの間“借す”ことはあるかもしれないが、あくまで速斗は自分の手中にあると自覚している。
「羨ましかったし、お兄ちゃんを取られたみたいで悔しかった。」
 優菜の本心を聞いて、申し訳なさではなく優越感すら覚えるあたり仁斗らしい。
「でもね。」
 優菜の切り口に、仁斗の眉尻がピクリと動いた。
 彼女が語り始めたのは、今まで仁斗が見たことのない“もう一人の速斗”だった。

 

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