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ノンジャンル

解拳人(前)

   

道場に通うジョニー・ギリアムは、師匠から有段者の認定を受けた帰り道、妙な男に「スパーリング」を要求される。

いきなり試合を申し込まれたこともさることながら、状況自体も異様だった。ジョニーの拳には着けた覚えもないボクシンググローブが装着されていたし、戦っている空間には何やら透明な壁のようなもので囲まれているようで、逃げることもできない。

結局ジョニーは、慣れない状況の中一方的にやられてしまうのだが、ジョニーが膝をついたところで、物凄い迫力のある巨漢が割って入ってきて……

 

「へへ、へへへ……」
 街頭もほとんどない夜の街中で、ジョニー・ギリアムは、肩かけのバッグを何度も背負い直しながら、頬を緩めていた。
 もうすぐ二十歳になる彼にとって、周りからどう見えるかはかなり重要な事柄の一つだったが、今はまったく注意を払えていなかった。
 快く疲れた肉体を、今まで味わったことのない達成感と興奮が包んでいる。
 大学の編入試験に通った時も、ここまでの感激はなかった。
「ついに、僕も……!」
 ジョニーは右の拳をぎゅっと握って、万が一にもカバンが落ちないように気を入れ直した。
 何故ならカバンの中には、師範から受け取ったばかりの免状と黒帯が入っているからである。
 道着に黒帯を締め、凛とした武道家の姿。
 それは、ジョニーにとって長い間憧れだったが、半ば諦めていた。体力にも運動神経にもまったく自信がなかったからだ。
 だが、近所にできた道場「ワールドマーシャルアーツアカデミー」のカリキュラムは徹底的な相手の力の利用と反復、そして型稽古の三本柱で成り立っており、体力やセンスの介在する余地が少なく、反面、精神的な粘りが必要だった。
 色々な試験を、家での復習だけでクリアしてきたジョニーにとって、まさに打ってつけの路線だった。
 道場の話を聞いた瞬間、ジョニーは始める決断していた。
 それから週三回、道場が開いている時は欠かさず練習に通い、さらには毎日自主練習を続けていった。
 気がついたら夜が明けていたりするほどのめり込み、覚えの悪さを数と熱意でカバーしていった。
 努力は上達となって形をなし、ついに今日、入門から三ヶ月にして黒帯を授与されるに至ったのである。
 師匠の教え方がうまいこともあり辞める人は少ないが、ここまで短期間に有段者になったケースは、一部の才気ある者を除けばほとんどいないとも言われた。何度となく反復してきた結果が出たのだ。
 実際、繰り返してきた手技は、既にジョニーの体に染み付いていて、黒帯なりの実力が身についていると自分でも分かる。
 ジョニーは軽く周囲を見回してから、空に軽く両手を放った。ジョニーの細く小さな手は、滑るように、上・中・下段へと振り分けられている。
 考えるよりも速く急所を捉え、しかも手や拳を痛めるリスクも極力排除されている動きだ。
 肉体的にどこが変わったというわけではないが、半年前の自分と今の自分、どちらが強いかは明らかだし、かつて学校でちょっかいを出してきた仲間を怖がる必要もなくなっているはずだ。
 ジョニーは、優れた「設計」をしてくれた師匠に心中で感謝しつつ、右足を滑らせるように前へと蹴り込んだ。
 まるで腹立ち紛れにやるような動きだが、靴がある状態で相手の急所であるスネを狙う、実に効果的で簡単な技だ。
 今までは手技しか教えて貰えなかったが、有段者となれば本格的に足技も習うことができる。
 見るからに使えそうな、しかも応用が効きそうな技を身に付けることができる。
 体全体、あるいは武器をも使う武術という枠組みに身を置いていると、より巧みに、死角を減らすことができるというだけで楽しくて仕方なくなってくる。
 もちろん、技が増えればいざという時に対応できる確率も上がるし、理想とする自分に近付けるのも嬉しい。
 こういう「報酬」は、学校の勉強やバイトでは得られるものではないだろう。

 

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