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ラブストーリー

大正恋夢譚 〜秋桜〜 <5>

   

「こうして、誰も彼もがいなくなっていく」
「…………はい」
「おまえも、わたしのもとから去ってもいいのだよ」

小説版『東京探偵小町』外伝
―御祇島時雨&ニュアージュ―

Illustration:Dite

 

 転地先を紹介してくれたのは、香澄の主治医だった。
 夫人はやはり渋ったものの、主治医も交えて話を進めると、長尾氏のほうがあっさり許可を出し、費用も調えてくれた。幸い、近頃の香澄は小康状態を保ち、あの夜から大量の喀血はなくなっている。わずかに持ち直しただけだとしても、わたしたちには、それで十分だった。
 転地先に半月ほど滞在したら、香澄はそのまま須磨の結核病院に移ることになっている。おそらく、そこで最期の時を迎えることになるだろう。
 言うまでもなく、すべてはいまさらだった。
 こんな段階になって転地療養をしたところで、香澄の病状が好転することなど、万にひとつもありえない。だが、何もしないよりははるかに良いはずだった。誰よりわたしが、そう信じたかった。
「先生、早く」
「そんなにはしゃいだら、また熱が出ますよ」
「だって、嬉しくて嬉しくて、しかたがないんですもの」
 ほんの気休めの――そして恐らくは片道になるであろう旅に、少女は嬉々として出掛けていく。よそゆきのかわりにと、付添婦が夜なべをして仕立ててくれたという、真新しい流行柄の浴衣がよく似合っていた。
 わたしたちは長尾氏から手配してもらった自動車の後部座席に、寄り添うようにして納まった。今回の転地にも付き合うことになった付添婦は、滞在先の小さな借家を掃除するために、昨日のうちに発っていた。
「急ぐ旅ではないのですから、無理をせず、ゆっくり行きましょう。そのバスケットは、香澄さんが持っていて下さいね」
「はい」
 膝に抱いた藤製の籠に、香澄が何やら話しかける。
 ニュアージュが応えるようにひと声鳴くのを聞きながら、わたしは医者の言葉を思い出していた。
 人付き合いには十分に気を配ること、物惜しみをしないこと。
 気候やら何やらの条件がつくため、保養地というのは、実際にはそうたくさんあるわけではない。ただの静養ならいいが、肺病は他者に感染するため、土地の人々は、肺病かどうかを敏感に嗅ぎ分けるらしかった。
 聞けばこの医者も、身内を肺病で亡くしていた。日を改めて今回の件について礼を述べに行くと、医者は亡き人を思い出したのか、憂いの色を濃くして言った。

 肺病の看病は骨が折れます。
 あれは本当に、良い最期を迎えるのが難しい――――と。

(良い最期、か)
 あの蔵から、たったひとつだけ持ち出した、香澄の荷物。
 それはかつてわたしが贈った、はんくすのつまみかんざしだった。それがいま、初めて香澄の髪を飾っている。

 

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