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SF・ファンタジー・ホラー

ウパーディセーサ〈十九〉

   2016年4月1日  

 上を見上げると屋上から手を振る女の人がいた。誰だろうっとジッと目を細めて見ていると、だんだんとその女の人の顔が近くに寄って来た。悲しげな、悲壮感の漂う笑顔が分かるくらいにはっきりと見えた。
 いや違う、飛び降りだ! 

 

 
 久しぶりにこの厳重で重そうな扉が開き地上へ出た。ぐーっと伸びをしながら深く息を吸い込む。小さく冷たい冬の香り、大きく広がる冬の空。夏から秋を見ず冬を迎えてしまったのか。秋……秋なら焼きイモが食べたかったな。昔、焦響とよく公園に穴を掘り、集めた落ち葉に火をつけ、近所の畑で抜いて来たイモをアルミホイルに包んで放り投げた。
 イモを持つ手が熱くて、はしゃいでいた。思ったより火の勢いが増し、公園が大炎上しかけたっけ。それで近所の消防隊が来て、こっぴどく叱られ、畑の持ち主のお婆ちゃんにも怒られた。でも、とっても美味しかったんだ。あの焼きイモが。
 思い出がたくさんあるんだ。その沢山の思い出を壊さないためにも、僕は焦響に会わなければならない。これは試練なんだ。
 そんな事を考えていたらもう焦響のマンションの前まで来ていた。エレベーターに乗るのを躊躇した。ボタンを押す指が震えている。自分は大丈夫なんだと言い聞かせ、目をぐっと閉じて乗り込み、九階のボタンを押した。ガクンと一度揺れた後、ユックリエレベーターは上がり出した。閉鎖空間に独り、逃げ場の無い場所……と考えてしまい、パニックになりそうだったが、平山に貰ってあった口の中で溶ける頓服、ロラゼパムを舌の下に入れ込んだ。三階で二人乗り、六階で一人降り、九階に着く頃には、薬が効いて来ていた。九階で一緒に降りた女の人は焦響の部屋とは違う方向へ歩いて行った。いざ、焦響の部屋の扉を開けようとして愕然とした。ドアノブには緑の下げ札が吊られており、電気のメーターも回っていなかった。何度かインターホンを鳴らしたがそこに人がいる気配は無い。もし、扉が開いたとしても、さらに消沈してしまってただろう。
 何か手掛かりは、と管理人に尋ねてみることにした。
「すみません少しお伺いしたいのですが、九○四号に住んでいた川尻焦響って、出て行ったんですよね? いつくらいですか? あと、次の転居先なんか聞いてたりしますか? 友達なんです」
「はぁぁ……九○四号に人なんて住んでいませんでしたよ。四が付くから不気味だって誰も入りたがらないんです。なので、四年前から空き家でしたよ」
 ふと思った。僕は戸籍上消滅しているが、父や母は僕の事を忘れているわけではない。しかしこの管理人は焦響の事を完全に忘れている。となれば、ここのマンションでエリミネート電波によく似た物が使われたということだ。
「すみません……変な事聞いちゃって、あとこの四ヶ月で夜逃げの清掃業者かなんかは来ていないですか?」
 管理人としての責務を果たせるのか? このお婆さんは。そう思った時、管理人は突然「あーっ」と言い、立ち上がった。
「そういえばねぇ、二ヶ月ほど前に来たよ。何号室とかは特に聞かなかったわ。マンション会社側が勝手にやってるものだろうと、気にもとめなかったわよ」

 

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