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努力できます

   

うだつの上がらないプロ野球選手、杉橋 正治のもとに、奇妙な箱が届いた。その中にあったのは、「努力強化ツール」と名付けられた、サプリメントと体に装着するパッドのセットだった。これを使うことで疲労感や筋肉痛が解消され、さらに睡眠をもコントロールできるのだという。

才能はあるものの辛いことが嫌で仕方なかった杉橋は、とりあえず試しに使ってみたが、効果は恐ろしいまでのものがあった。疲れないのはもちろん、誰よりも多く快適に練習をこなせるために実力も上がっていき、一軍での試合で活躍する機会も非常に多くなっていった。また、チーム全体も絶好調で、最終戦に勝てばリーグ制覇が決まるというところにまでたどり着いた。

そして、最終戦九回裏。代打の出番が回ってきた杉橋は、特に気負うこともなくバッターボックスに入っていったのだが……

 

 杉橋 正治は、自宅のベッドに寝転がり、TVを見ていた。
 画面の中では、杉橋と同じぐらいの年頃の、日本陸上界のエースが、努力とその効用について力説していた。
「……もちろん僕らは、何より結果が求められる立場です。いつクラブが休部になるか分からない現実というものもありますからね。しかしそれでもなお、結果ではなく過程を重んじ、毎日を過ごすことが最善だと思うんです」
「と、なると、部活などではもっと大事になってくるというわけですね。努力することが」
「そうですね。まだ学生の皆さんは、一度『才能』という概念を取り払って練習に臨んで欲しいと思います。いつどこで開花するか分からないわけですし、大体の場合限界は先にありますからね。何より、努力は裏切りません。試合結果は相手がいることですが、努力というのは自分次第でいくらでも可能なんです。毎日の中で、誰もが成果を上げられる、これが陸上競技の面白さだと思うんですよ」
 陸上選手が、表情にぐっと力を込めたところで、杉橋はリモコンを使って画面を消し、鼻から息を出した。
 もう一、二分も待てばお目当ての番組が始まるはずだが、胸の中に沸き上がる負の感情が、予定とは違う行動を取らせていた。
「ったく、好き勝手言ってくれるぜ」
 杉橋は吐き捨てるように声を発し、傍らにあるビールを煽った。 もう大分ぬるくなっているが、コンビニで代わりを探してくるのも面倒なので、一気に飲み干す。
 家の外からは、学校に向かう男子学生たちの賑やかさが響いてくるが、昔を懐かしむような気にもなれない。
 夜勤でも休日でもないのに、こんな自堕落な朝を過ごしている杉橋の職業は、プロ野球選手である。
 チームに在籍するトレーナーを巻き込んで三日間の休みを得ることに成功したため、だらだらと宅飲みを決め込んでいるのである。もっとも、トレーナーと杉橋の「説得」はかなり適当だったわけで、普通だったら簡単に休ませてはくれない。
 チームの戦力を仮病などで減らすわけには、本来いかないからだ。
 だが、杉橋だったために通じた。
 高校を出てすぐプロに入り十年、レギュラーを掴みかけたこともあったが届かず、ここ数年は一軍出場機会も減り続けているからこそ仮病が認められたわけだ。
 早い話が戦力外ということである。
 生まれつきの俊足と強肩があり、内野だったら一塁からショートまで守れる器用さがなければ、とっくにクビになっていてもおかしくない。
 一流という領域からは、かなり離れたところにあるというのが、中立的な杉橋への評価だろう。
 もっとも、素材は悪くない。プロでもかなりのレベルにある足と肩を、入団時には既に備えていたのだ。
 小柄だが腕力と背筋力もあり、うまく当たればかなり飛ぶ選手とも言われた。
 にも関わらず今までレギュラーになれなかった理由は、杉橋自身しっかりと把握していた。
「努力って、簡単に言ってくれるなよな」
 努力が、できなかったからである。
 もちろん、言われた通りの練習はこなすが、居残りをしたことはないし、規定練習の中でも、何割かはどうしても手抜きになってしまう。
 定められた練習が過酷にして熾烈なだけに、少しぐらいいいじゃないかという思いをかき消すことができず、結果、十年で三千日以上も繰り返してきた練習で、一度として最初から最後まで全力で取り組むという経験を味わったことがない。
 野球が心底嫌いになったわけでも、チームメイトとトラブルになっているわけでもないが、どうしても我慢ができないのである。楽な方に流されてしまう。
 情けないと思ったこともあるが、絶望するほどの落胆を感じたこともないあたり、どこかで受け入れてしまっているんだなと実感せざるを得ない。
 とても強豪とは言えないような学校を率い、大活躍をしてみせた学生時代。
 十年も選手をやり、何度も試合に出て、活躍することができたプロとしての経験。
 球史に名を残すとまではいかないが、自分が作り上げたいくつかのシーンは、今でもケーブルTVの番組のVTRに使われたりしている。
 たとえ、今年で首を切られても、まずまず満足な野球人生だったと言えるだろう。
 欲を言えば、あと二年、三十歳の誕生日を現役選手として迎えたくはあるが、怠け放題で贅沢ばかり言っても仕方ないだろう。

 

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