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SF・ファンタジー・ホラー

水ニ映ルモノ(下)

   

 幽霊の顔に付きまとわれている女生徒を救うため、新任教師の時祭は、友人のアマチュア陰陽師・橘を頼る。山寺で行われた除霊の場に現れた霊が、恋もできずに死んだ若い女性と知った橘は、時祭にある助言をする……。

 女子中学生と若い男性教師が奏でる、恐怖体験の中に芽生えた淡い恋心の物語、完結。

 

「陰陽師ぃ? そんなの、俺がなれるわけねえだろ」
 あまりにもさらりと否定するその青年に、やっとの思いでバスを乗り継いできた二人はがっくりと崩れ落ちた。

 嵐山にほど近い「古都大学」の正門近くにある、いまどき珍しい赤レンガの喫茶店だ。
 ジャズが流れる店内は、よく言えばクラシック、悪く言えば古臭いのだが、ほとんど学生たちで満席だった。
 店とは対照的に、皆小ぎれいな格好をして携帯をいじっているのが、いまどきの学生らしい。

 その中で、新任教師の時祭と、幽霊に取り付かれている女生徒カンナが頼ってきた男は、かなり目だっていた。

 大学時代に時祭の友人であった橘というその男は、ひと言で言うと「ふた昔前の苦学生」という印象だった。
 破れたジーンズに、汚いカジュアルシャツ。ぼさぼさの前髪から覗く目は時折、妙にギラリと光った。
 しかしそんな無頼の容貌も、なぜかこの界隈では、周りの風景にすんなりと溶け込んで違和感がない。
 京都という土地が持つ独特の空気感が、それを受け入れているのかもしれない。

 当てが外れた様子の時祭は、焦った顔で大学時代の友人に畳み掛けた。
「だっておまえ、古都大の院に進むのは陰陽師になりたいからだって、ゼミのコンパで言ってたじゃないか」

 口調は学生時代のままだ。卒業してからまだ三ヶ月も経っていないため、自然とそうなるのだろう。
 カンナは、そんな副担任を意外そうな顔で見つめた。この新任教師の素の部分を見た思いがしたのだ。
 学校ではちゃんとした先生なのに、いまは普通の男の子みたいだ。なんだかかわいい。
 一連の「顔」騒動以来、ずっと怯えていたカンナの表情が、やっと穏やかなものに変わった。

 一方、無頼の大学院生は、教師の職を得た元同級生を冷ややかに見返していた。
「あれは素人のおまえらに、分かりやすい比喩を使って説明したまでだ」
「どういうことだよ」
「密教を研究するために大学院に進学します、なんてストレートに言ったら胡散臭いだろうがよ」
「じゃあ嘘だったのか」
「嘘じゃない。俺が研究している分野は、平安時代の陰陽師たちの思想的背景は結構重なるんだ」

 だからといって、いまの研究を極めれば、彼らのように呪術を使いこなしたり、魔物を退治できる訳ではない。
「だいたい安部晴明がやるようなことが、凡人の俺らにできるわけないだろうが。あいつは本当の天才だぞ」

「アベノセーメーって、映画で宙を舞ってた人ですよね?」カンナが訊く。
「あれは嘘。さすがに飛んだりはしなかったみたいだよ。でも呪文で魔物を追い払ったのは本当らしい」
 女子中学生には優しく答えておいて、橘は友人に辛らつな眼を向けた。
「俺に同じことをしろなんて言うなよ」

 橘はそう言うと、目の前のジュースに手をつけようとしないカンナに、飲み物を勧めた。
「飲んどいたほうがいいよ。京都は盆地だから熱がこもるんだ。水分を補給しないとすぐ熱射病になる」
「あ、はい……」

 ズズズ、とストローを啜る受け持ちの生徒を、時祭は切なげに見やり、友人に向き直った。
「じゃあ、あれか。この娘が抱えてるトラブルは、おまえじゃどうしようもないってことか」
「それじゃあおまえの立つ瀬がないだろ。頼りない教師と思われたんじゃかわいそうだ」
「というと?」

 橘は妙に神妙な顔つきになると、腕組みをした。
「俺はでも一応お祓いくらいはできる。撃退は無理だがまとわりつかないよう、霊を説得してみてもいい」
 時祭の顔がパッと明るくなった。
「本当か? すまん、助かる!」
 心から喜ぶ副担任の姿に、カンナはじわりと胸を熱くした。
 先生、本当に私のことを心配してくれてるんだ。

「ただし」
 橘は友人のぬか喜びを遮った。
「さっきも言ったように、俺は正式な陰陽道を身につけてる訳じゃない。失敗するかもしれんが、いいか?」

 言われて、初めて時祭は困惑気味にカンナを見た。
 カンナは怯えながらも、しっかりと彼に頷き返した。先生を信じよう。こんなに助けてくれようとしてるんだ。

 二人をかわるがわる眺めていた橘は、納得したようにパン、と手を叩いた。
「よっしゃ、そうと決まれば早速取り掛かろう。移動しようぜ」
「どこにだ?」

「いままでの話だと、その霊は普段池にいて、いまはカンナちゃんの前に水を介して現れるんだろ?」
「ああ」
「でっかい内風呂がある寺がある。そこに霊を呼び出そう。ちょうど山の中にある寺だから人目にもつかない」
「内風呂……」

 カンナは思わず両手で自分を抱きしめた。
 なんだか、とんでもないことが起きそうな予感がしたのだ。

 

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