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鍛錬通貨

   

近年、勢いを増すネットゲーム業界に、にわかに変化が生じていた。一日十時間以上もゲームし続けるようなヘビーユーザーたちが一様に逞しい肉体になっていったのだ。

スマホやPCのカメラを使ってトレーニングしているところを撮影すると、その労力に応じてゲーム内仮想資金が得られるシステムが実装されたことで、気合いの入ったユーザーは、課金額を抑えるべく体を鍛えるようになったというわけだ。

志賀 茂樹もそんなヘビーユーザーの一人だったが、どうしても「チャンピオン」に勝てないでいた。ただならぬ実力を持った彼の背中を追う生活を、社会性を犠牲にしながらも送っていた茂樹だったが、ある日、運営からメールが届く。

それは、茂樹が日本代表に選出されたので一緒に合宿してくれとチャンピオンからの申し出があったという内容だった……

 

「ねえ、茂樹。あんたいつになったら就職するの。最近は求人雑誌すら読んでないじゃないの」
「大丈夫だって。金を稼ぐアテはあるんだ。こう言っちゃなんだが、結構有名人なんだぜ、俺」
「有名って……。その割には取材とかも全然来ていないじゃないの」
「平気なんだよ。だから心配しないでくれ」
 今年で三十五歳になる志賀 茂樹は、とげとげしい会話を姉と交わしていた。最近は、こういう話が多くなった。
 姉の京子は心配顔だが、茂樹としては迷惑をかけているとは思っていない。
 きっちり、月七万円からの「家賃」は支払っているし、屈強な男が近くにいるということで、現在単身赴任中の京子の夫、つまり茂樹にとっての義兄も安心してくれるはずだと考えている。
 確かに今は姉の家に居座っているが、どこの誰とも分からないような居候とは違うはずだ。
「ごちそうさまっ」
「ああ、ちょっと……。まったく、何が楽しいのよ、いい歳して」
 ご飯を平らげた茂樹は、京子のぼやきを背中に受けながら自室への階段を上っていった。
 こちらにも言い分はあるが、口論などしていたくない。
 一秒たりとも時間を無駄に使いたくないというのが正直なところである。
 つけっ放しになっているPCの前に座りマウスを操ると、筋骨隆々としたキャラクターの画像が出てきた。
 3DCGで描写されたその肉感は、まさしくリアルな人間そのものであり、かつ、現実では反映できないような微妙な陰影も加わっている。
 まさしく、茂樹が理想とする肉体が目の前に表示されていた。
「さて、と……」
 キャラクター画像の下に備わっているのは、「瞬発力」、「持久力」、「柔軟性」といったパラメーターである。いずれも完璧に近い。ここまで仕上げるには労力と才能、運等々の要素が必要で、一つでも欠けていたらダメである。
「相変わらずいい感じだな。反映されてくれたか。これで、こいつも軍団入り決定だ」
 独り言を呟いたのは、茂樹自身、満足した証である。
 画面を切り替えると、今出したばかりのキャラが悠々と躍動していく。
 その動きの素晴らしさに自然と頬が緩んでくるのが分かる。
 現実のコーチも、こんな気持ちを味わうことができるのか、などとも頭の片隅で考える。
 茂樹が今ハマっているのは、「アスリートXX」というゲームである。
 その名の通り、アスリートを育て上げるのが目的だ。
 陸上競技はもちろん、球技に格闘技、団体競技と、ありとあらゆる種目があり、選手の能力や習熟度を高めて、競技会で勝負していくのが基本の形である。
 様々な試合やイベントが用意されてはいるが、やはり勝ち切ることによって得られるものが一番大きい。
 試合中はプレイヤーが操作をすることはできず、選手の働きぶりを見守るだけだ。
 つまり、茂樹たちユーザーはコーチの目線で競技という高い山の頂を目指していくことになる。
 ゲームでの成否は実際のスポーツと極めて似ていた。
 まず学校の部活や街でのスカウトなどによって選手と出会い、育てていく形になるので、運が大事になってくる。
 しかし練習を怠れば勝つことはできず、いかにうまく力を伸ばせるかがカギとなる。
 試合は相手とするものであるから、そこでもツキが大事になってくるし、ちょっとした偶然でも勝敗が分かれたりもする。
 現実と同様、才能がなければ上り詰めるのは難しい、厳しい世界と言えるが、一方で熱心に教えていけば誰でも実力を伸ばせるのもリアルなところで、完全な徒労ということがない。
 だから、ある選手が全日本選手権で上位に入るよりも、別の選手がインターハイに出たことの方が快挙ということもあり、そうした時の方がやっている側としても嬉しかったりもする。
 この精緻を極めたスポーツゲームは、かつてないほど多くの種目が含まれていることや、ランダム性が高く何度やっても飽きないことなどもあって、世界中で大人気となっている。
 競技大会の模様は雑誌やネット番組で取り上げられたりもするし、名コーチはそれだけで周りから尊敬されたりもするのである。どの選手にどの競技の道を進ませるか、チーム内でのレギュラー決めをどうするのかなど、取捨選択が問われる場面も極めて多く、「名将」でなければ結果を残せない仕組みになっているからだった。

 

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