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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

鬼神楽 5

   

成人式を翌年に控えた年末、弘樹と神楽は九十九当主の弘光に呼び出される。遅れて弁護士も姿をみせ、成人した後の処遇についてが開示される。意外な決定に、弘樹は不満の声を荒げた。

 

 しかし、腐りきった大人は簡単に子供の信頼を裏切る。
「上川さん、あのね、あれはあなたが勝手に飛び降りたのよね? 忌み子って言われて、違うことの証明に、飛び降りて見せると言ったのでしょう? 忌み子って意味を知ったからよね? ここから飛び降りてみせるために生まれて来た、望まれて生まれて来たから忌み子ではないと言いたかったのよね? それでね、先生としては正直にご両親にも話してほしいと思うの。そうでないと、退院しても居場所がないし、もっとつらいことが待っていると思うのよ? でね、中学までは義務として教育を受ける権利があるから学校側としては拒否はできないの。でもね、飛び降りるなんて危険なことをする子を預かって正しく教育し直せる自信はないって校長先生は言っているの。先生はね、そんなことを言わずに、私も精一杯上川さんと向き合うからと一応残れることにしてあるけれど、先生の気持ちひとつで評価はどうとでもできちゃうの。あなたがどんなに更生しようと頑張っても、見込みなしって言えちゃうのよね。そうなると、そういう施設に入れられちゃうし、そんな悪い子を育てたことで、ご両親の立場は今以上に悪くなると思うのよ? あなたの方が詳しく知っていると思うけれど、田之上一族に逆らってはあの町で生活していけない。今、あなたのご両親がどんな生活を強いられているか、安易に想像できるわよね?」
 つまり、自分の意志で飛び降りたので、悪いのは神楽ですと告げること。
 騒ぎを大きくすれば暮らしにくくなるので、他言しません、騒ぎを広げません、まして訴えたり誰かのせいにしたりもしませんと念書にサインをする。
 神楽の意思で転校をすること。
 そうすれば上川夫妻は今まで通りに暮らしていけることを約束してあげてもいいわ……というくそったれな内容を遠回しに言っているだけだった。
 七歳の神楽に出来ることは限られていた。
 自分の意志で飛び降りたこと、意に沿わないけれど念書にサインをすること。
 転校はしたくてもできないだろうと考える。
 二重生活になるか両親とあの町を出るか。
 出たところで代々あの町で農業をして生計をたてていた両親が、農業以外の仕事ができるとも思えない。
 自分がもっと大人だったらと思う神楽だった。
 ふと、弘光の提案が頭の中を過る。
 弘光の提案すべてを受け入れれば、全てが丸く収まるのだった。
 しかし、生まれてから今まで両親と離れて暮らしたことも、あの町を出たこともない神楽にとって、離れるということは簡単に決められることではなかった。
「先生。先生の言っていること、なんとなくだけどわかった」
「そう? 上川さんは物分かりがよくて先生、嬉しいわ」
「でもね、先生。すぐには決められない」
「え? ええ、そうよね。わかったわ、少しだけ時間を貰えるよう、学校と田之上さんにかけあってみる。次に先生が来た時が期限ってことでいいわね?」
 考える時間を貰えなければ、明日にでも来るからと言い残して出ていく先生の背中を、神楽は一度も見なかった。
 しばらくすると弘光の使いの者と名乗る男性が神楽の病室を訪れる。
 弘光と共に最初顔を見せに来た男で、神楽にも覚えがある。
 なんていいタイミングなのだろう、神楽は考える間もなく、その男に再確認をした。
 あの条件を飲めば、自分も親も幸せになれる?

 一週間後、神楽は都心にある大病院の個室にいた。
 そこに弘光が顔を見せることは一度もなく、代わりに、連絡係として以前弘光とともに神楽を訪ねに来た男が週に数回、見舞いの品を手にして様子伺いにやってくる。
 それとは別に移ってすぐ、井上つねと名乗る六十代の女性を紹介された。
 その女性がこれから神楽の身の回りの世話をするというのだ。
 半月後、九十九家で恥じないようにとマナーと嗜みを教える者が時折姿を見せ始め、リハビリが開始された二か月後にはそれぞれの科目に特化した家庭教師が入れ替わり部屋を訪れる。

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド


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