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SF・ファンタジー・ホラー

ウパーディセーサ〈三十〉

   2016年5月6日  

やだー! 久しぶりじゃない。元気してた? 少し太ったんじゃない? ちゃんと制限しないと、アタシのアイドルでいてくれなきゃ。や・だ!

 

 
 翌日、スッキリとした目覚めだった。昨日はかなり飲んだはずなのに、頭も痛くない。やはり良い酒は違うな。それかグラスのせいかな? なんて考えているうちに冷や汗がふきこぼれた。仕事だ! 昨日は休みをもらっていたが、今日は出勤。今日の現場はどこだ? 作業着……ないじゃないか! 急いで取りに帰らないと。
 大急ぎで扉を開け、ハッとした。そうか、僕は昨日からここの戦士なんだ。いや、でも仕事には行かなければ。また監督の安全装置が外れてしまう。そうあれこれ扉の前で考えていると後ろから声がした。
「大丈夫だよ! 会社にはもう行かなくていいんだ。もう戸籍なんてないから、この日本に存在していないことになってる。だから大丈夫だよ、弘平君」
 勇作は僕の肩に手を置いて、ニッコリ笑いかけた。
 戸籍がない? なんのことだろう。でも会社に行かなくてもいいのか。安心? はできないが、暫く監督のウロコを見ずにすむ。一昨日の事で、僕の中での監督像が一転したが、やはり苦手は苦手なんだ。できることなら会いたくはない。あの眉間の皺を見ると気が気ではいられなくなる。僕の精神を、まとまらない消ゴムのように磨耗する。ある意味これで良かったのかも知れない。
「勇作君、朝ごはんってどうすればいいのかな? 売店?」
 まだこの館、施設のことを把握できていない。何をするには何をしたら良いのか。僕が知っているのは自分の部屋とラウンジ。機械室のロケットと、館の一部のみだ。
「僕もこれから朝食だったんだ! 一緒に行こうよ」
「そうだね! なんだか安心したら急にお腹がへっちゃったよ」
 僕は売店で何かを買ってすませるものだと思っていた。だが、勇作が歩き出した方向はラウンジとは逆向き。真っ直ぐ廊下を歩く勇作の後を追った。暫く歩くと、右側に更に地下へとつながる広めの階段が見えてきた。こちら側から真っ直ぐ歩くと行き止まりになっていると、勝手に想像していた。想像なんてできないほどに広いのかも知れない。
 階段を何も言わずに下っていく勇作の背中が、頼もしいような。何処か影のあるような。僕の知らない事を沢山知っているんだろうなと、急に勇作が大きく見え、自分が透明人間になったような気がした。
「さっ、ここだよ」
 階段を下り終えた勇作は軽くターンをし、奥の扉を開けて言った。
 扉の奥には、広いと言う言葉を使い過ぎて、どう説明したら良いのか分からないが、広い食堂が広がっていた。そこには四百人程が各々朝食を摂っており、食器の重なり合う音がオペラのように響き渡っていた。
 僕は適当な席に座り、辺りを見回した。この食堂の奥にはカウンターがあり、そこで注文するらしい。僕はお盆を取り、どんなメニューが有るのか見た。
 カレーに、ラーメン。日替わり定食に丼。うどんそばのトッピングの豊富さには驚いた。チェーンの讃岐うどん屋さながらだ。
 どれも美味しそうで舌舐めずりをしていたら、勇作が躊躇なく注文した。
「おばちゃん! コロッケ蕎麦、大盛り」
 コロッケ蕎麦というメニューがこの日本に存在していることは知っていた。だが、それを注文する人を、そして、コロッケ蕎麦の実物を見たのも初めてだった。そんなコロッケ蕎麦について聞きたいことが山ほどある。本当に美味しいのか? 合うわけないんじゃないか? とか、頭の中が、注文の事よりもコロッケ蕎麦の謎で一杯だ。取り敢えず、僕はキツネうどんを注文し席に着いた。
 勇作はお盆の前で手を合わせ、軽く会釈し、食べだした。
 出汁の中から、蕎麦を豪快に手繰り上げ啜り込んだ。まだ、蕎麦が口の中にある内にコロッケを一口含む。そうやって、半分くらいのコロッケがなくなった頃。勇作は無造作に蕎麦をかき混ぜはじめた。まるでコロッケを潰しているような……
 結局、コロッケ蕎麦に対する謎は深まるばかりであった。出汁を全て飲み干し、満腹の笑みを浮かべて勇作はふと僕の方を見た。
「弘平君、食べるの遅すぎない?」

 

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