幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

歴史・時代

大正恋夢譚 〜朝顔〜 <前>

   

「それで、そのまま学校から飛び出してしまったんですか?」
「ああ。大将がうるせェから卒業だけはしてやったけどよ」
ハッキリ言や、俺はコイツが――兄弟子の内山倫太郎が大ッ嫌いだった。

小説版『東京探偵小町』外伝
―滝本和豪&永原朱門―

Illustration:Dite

 

 あれは、四年の秋を過ぎた頃だった。
 ジジィが死んでからこっち、休みの日にもろくすっぽ帰らねェでいたら、親父が学校の寮に押しかけてきやがった。先公の斡旋を片ッ端から断ってやったのが、ついに親父の耳にまで入っちまったらしい。
「おまえ、学校を出たらどうするつもりなんだ」
 どうするも何も、俺はハナから高小にだって行く気はなかった。それをこんな、花だの草だのをいじくりまわす学校に無理に突っ込んだのは、クソ親父と上の兄貴だ。ジジィさえ生きてりゃ、こんな馬鹿げたことなんざ、言われなくとも良かったろうに。
「俺はこれで食ってく気なんか、さらさらねェからな。大体、誰が植木屋になりてェなんて言ったよ」
「やはり、滝本塾を継ぎたいのか」
「そんなこと聞いてどうすンだよ。兄貴たちに引けを取るつもりはねェけど、どうせ俺に継がせる気なんかねェんだろ?」
「…………すまん。兄弟のなかでは、おまえに一番、才があるのはわかっているんだが」
「いい。道場はいらねェ。でもよ、親父だって覚えてンだろ? ジジィは俺が師範代になったとき、黙って師範を十年やったら、どこでも好きな土地で一本立ちさせてやるって言ったんだ。だから俺、こんなとこで四年も我慢してやったんじゃねェか」
「つまり、どうしても奉公に出るのは嫌だというわけか」
「あったりめェだろ」
「父さんが口利きをしてやってもか」
「ああ」
 ほんの一瞬の、睨み合い。
 親父がすぐさま、視線を外す。
 俺たちの間に流れる、もう慣れっこになった沈黙。

 そうだ、いつもそうだ。
 親父は絶対ェ、俺と目を見合わせようとしねェ。
 俺のツラのどっかに、お袋の面影があるからなのか。
 それとも、「過去の過ち」ってヤツがちらつくのが嫌なのか。

「しかしな、和豪。この際だからはっきり言っておくが」
 俺が意地でも承服しねェとなると、どっかしら諦めたような疲れたような、そんな声音で言うのもいつものことだ。しばらく沈黙があって、親父が俺から視線を外したまま、聞こえよがしのため息をついた。そしてついに、「滝本家におまえの居場所はない」なんぞと抜かしやがった。
「これまで通り道場に顔を出すのは構わんが、家には置いてやれん。師範として使ってやってもいいが、跡継ぎになれん以上、それで身を立てて行くには限りがあるぞ」
 親父はそれだけ言うと、これ以上の問答は無駄だと悟ったのか、黙って寮舎の面会室を出た。見送りに立つのも癪で、知らん振りを決め込んでやる。親父は振り返りもしなかった。
「俺ァ植木屋になんざならねェからな!」
 滝本塾での立身には限りがある。
 ンなこたァ、とっくの昔に承知してる。
 そういうわかりきったことをくどくど言いやがるところに、無性に腹が立った。

 

-歴史・時代

大正恋夢譚 〜朝顔〜 < 第1話第2話第3話

コメントを残す

おすすめ作品