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SF・ファンタジー・ホラー

ウパーディセーサ〈三十五〉

   2016年5月19日  

剛さん? どうかしました? 顔色が悪いですよ

 

 
 潮風は生ぬるく頬を撫で、太陽は優しく水面を照らす。キラキラと輝く海が、僕を歓迎してくれている。海猫と波音、風音が協奏曲を奏でる。何もかもが新鮮で、あたたかい。今までのことを海が全て忘れさせてくれる。山寺剛としての新しい人生を歓迎してくれているような……そんな気がしていた。
「おはようございます! 剛さん。今日は天気も波も最高ですね。剛さんも入ればいいのに」
「おはよう。広樹君。今日も早いね。そうだなぁ~、俺もそろそろ入ろっかな? あったかくなって来たしね!」
 あれから二カ月が経った。ヒロ姉のお陰で、LUNAで住み込みで働かせてもらえることになった。
 朝一番の波状況を報告するのも僕の役目だ。ヒロ姉の息子、広樹君は物腰の柔らかい、礼儀正しい良い子だ。父親はいないらしいが、顔立ちはヒロ姉にそっくりでハンサムだ。
 だが一つ気ががりなことがある。広樹君は、いないはずの父親のことをうっすらと憶えているらしいのだ。
「こんな時にアレなんだけど、前に言ってたよね? お父さんのこと」
「ああ、アレですか? 本気にしないでください。何故だか母ちゃんですら覚えがないって言うんですから、きっと夢でも見てたんですよ。LUNAの店長だって知らないって言うし、僕がオカシイのかもしれない」
 これはまさにエリミネートの症例だ。こんな平和な世界に来てまでも、僕に付きまとうのか……でも真実を話すわけにはいかない。広樹君を巻き込んでしまう可能性がある。いや、危機回避の為になんとなく伝えておこうか……
「剛さん? どうかしました? 顔色が悪いですよ」
「いやっ、何でもないんだ。気をつけて行ってらっしゃい!」
 沖へと駆けてく広樹の背中を見て、やはりよそうと思った。あんなに無邪気に笑う顔を見ていると、なんだか少しだけ焦響と重ね合わせてしまう。僕は無責任に焦響を巻き込んでしまった。同じ失敗は二度と繰り返してはイケナイ。
 さて、そんなことは忘れて。店長に波状況を報告になくちゃ!

 LUNAは意外と広い。入り口を入るとバーカウンターがあり、その奥に四十畳ほどの広さのステージがある。月に一度、お客さんたちが楽器を持ち寄って演奏会をやったり、近所の高校のダンス部がステージ上で踊り狂う。毎日何かと忙しい。
 僕は主にバーカウンターの中でお酒を作ったり、LIVEのPAなんかをやっている。鬱はどこへ行ったのか? パニックになりそうになる時もあるが、平山が以前に処方してくれたロラゼパムが大量に余っているからなんとかやって行ける。
 もうフルボキサミンも、オランザピンも。アリピプラゾールも炭酸リチウムもバルブロ酸ナトリウムもラモトリギンも、必要がなくなった。
 薬をやめた僕は本来のやせ型の体型に戻っていた。眠剤のゾルピデムもやめた。早朝に起床し、日中から夜中にかけてイソイソと働いていると逆に睡眠不足だ。それでも毎日が充実していて楽しくて仕方がない。

 

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