幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

SF・ファンタジー・ホラー

ウパーディセーサ〈三十六〉

   2016年5月23日  

宮守のパンチは強烈だった。痛いからじゃない。胸が辛いんだ。枯れ果てたと思っていた涙はたやすく溢れかえった。

 

 浜を出て、店の開店準備をしている時、ふと沖を見渡すとヒロ姉と広樹が同じ波にキレキレの動きで乗っていた。素敵な親子だなと素直にそう思い、何故だか無性に写真を撮りたくなり部屋に戻った。携帯を持って構えると電源が入っていない事に気がついた。電源ボタンを押しながら、何ヶ月ぶりだろうと思った。どうせ電波の入らない携帯なんて持っている意味がないと、カバンの奥底にしまってあったのだ。電源が入り、カメラを起動しようと思った時、電波の表示が圏外ではなく、アンテナが三本たっていた。止まっているはずの携帯が何故だろう? と思いつつカメラで二人の写真を撮影した時だった。その写真にはとんでもないものが写り込んでいた。
 遠くの沖の方、ここから見る限り五メートルはある津波のようなものだった。携帯は、砂浜に音もなく落ちた。僕は沖へと走り大声で二人を呼んだ。

「津波だ! 二人とも早く浜へ上がって! 高台に逃げろ!」

 だが波音で僕の声はかき消され、二人は更に沖へとパドルを続けた。
 このままでは二人の命はない。なんで津波のサイレンが鳴らなかったんだ。僕は急いで店長にそれを知らせた。
 店長は真っ青な顔で恐ろしいことを言い放った。

「あの距離だと十キロは離れている。実際に浜に到達すると三十メートルは優に超えるぞ、こいつはマズイ。剛、お前は軽トラを回してこい。俺はアナウンスで二人と近隣住民に警戒を呼びかける! いいか、焦るな。到達まで、二十分はあるだろうから、落ち着いて行動しろ。わかったな!」
 僕は店長から鍵を預かり、軽トラへと走った。ネットリとした汗を垂れ流しながら軽トラの扉を開け、エンジンをかけた。が、スグにエンジンは乾いた音を立てて止まってしまった。ガス欠だ。扉を足で蹴って閉め、また店長のいる浜へと走った。
 ガス欠のことを伝えると、店長の顔は絶望していた。
「なぁ、剛。お前に頼みがある。ブーを連れてあの山まで逃げろ」
「そんな、じゃぁ店長はどうするんですか?」
「俺は引き続き警戒を呼びかける。あの二人を放ってはおけないだろ。いいからお前は逃げろ」
 そう言って店長はブーの手綱を手渡した。僕だけ逃げるなんてできないと言ったが、店長は優しく僕の肩に手を置いて言った。
「お前だけじゃない。ブーも一緒だ。ブーは人見知りだが、お前にはなついている。だからこそ、お前に頼みたい。分かってくれよ剛。なぁ」
「これは店長としての命令ですか?」
 店長は一瞬、何を言いだすんだこいつは。という表情をしたが、一度咳払いをして答えた。
「指示だ! 剛。ブーを頼んだぞ」
 そう言って僕を軽く突き放した。その反動を利用して、僕はブーの元へと走った。
 手綱を付け、裏山の頂上を目指した。走った。山の斜面をサンダルで転ばないように走った。が、途中でサンダルの鼻緒が切れ、転んでしまった。
 もう十五分は経っただろうか。木々の隙間から沖が見えた。津波は大きいというよりも、驚異的だった。轟音と共に近づいてくるその光景に狂気を感じた。腰を抜かした僕を力強く励ましてくれるブーだったが、急に来た道を逆戻りするように促し始めた。
「どうしたんだよブー! そっちは逆方向だよ。戻ったら死んじゃうんだよ」
 それでもブーは力強く僕を引っ張る。豚の力に敵うわけもなく、僕は腰を抜かしたままブーに引きづられていった。
「まってよ、ブー! どうしたんだよ。そっちに行っちゃダメだって」
 するとブーは立ち止まって、こちらを振り返り、澄んだ瞳で僕の目を黙って見た。その目には「大丈夫! 心配するな!」という感情と、店長を案ずる優しさが見えた。
「そうか、ブー。店長が心配なんだね……俺たちだけ逃げるって訳にもいかないね。ブー、俺もあの三人が心配だよ。何かできることがあるかもしれない。そうだね、戻ろう」
 ブーに勇気をもらい、もう一度戻る決意をした。その時、見た夢の断片が一つになった。

(携帯の電源を入れろ)

 確かに鏡に似た誰かが僕に忠告していた。携帯は砂浜に落としたままだ。それがきっと何かの手がかりになる気がした。
 山の麓まで来た時には、もう津波は浜に到達しようとしていた。それに怯むことなく、直視し続ける店長がいた。

 

-SF・ファンタジー・ホラー
-, , , , ,


コメントを残す

おすすめ作品