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ノンジャンル

男子会④

   2016年5月25日  

 初めての銭湯。諒はそこに不安を覚えながらも、自らを鼓舞してそこに入っていった。
 銭湯の番台にいたおばちゃんはとても人のいい人なのだが、諒の年齢を勘違いしていて学生証を出せと言ってきた。
 それに困惑していると、諒に心治が助け舟を出す。

 

 
 昔からの言葉で“裸の付き合い”というものがある。
 この言葉が本当に効力を持っているのか、諒は考えもしなかった。
 服を脱いで全裸になったからと言って、素直に何でも話せるようになるわけではない。
 わかっているが、生まれて初めて暖簾をくぐったこの“銭湯”という特殊な空間に諒は妙に飲まれつつある。
 というのも、諒は子どものころから両親が多忙だったため、小学生になる前から一人で入浴していた。
 最近誰と一緒にお風呂に入ったのかと言われると、自分の子どもの笑里と諒人である。
 それ以外の裸の付き合いなんてしばらくない。
「あのさぁ…。」
 靴を鍵付きの靴箱に入れながら、隣にいる速斗に諒は話しかけた。
「どうしたの?」
 声を聞いただけでも諒の緊張がよく伝わる。
 速斗が諒の方をみたら、案の定顔が引きつっている。
「銭湯って、水着とか…いらない、よね…?」
 今諒は決してふざけているわけではない。
 大真面目に言っているし、不安で仕方がないのだ。
 諒は真面目なんだと頭ではわかっているつもりでも、速斗の想像を超えている諒の発想になかなかついていけずにぽかんとしてしまう。
「そうだ、ね!タオルだけあれば問題ないし、そのタオルもレンタルできるし…。どうしたの?急に。」
 いくら銭湯が初めてだと言っても、まさか日本生まれの日本育ちの日本でしか生活してこなかった人間に、こんな質問をされる日が来るとは思いもしなかった。
「ホントに裸なのかなって…。銭湯って、いっぱい人がいるんでしょ?その人たちが全員全裸で大きいお風呂に入るって…。想像できないんだ…。僕、中学校の修学旅行が沢山の人と一緒にお風呂に入った最後だったし、あの時は全員知り合いだったから…。知らない人と裸で大きなお風呂に入るのって、初めてだからどうしていいのかよくわからなくて…。」
 再度確認するが、小野寺諒はまぎれもない日本人である。
 そして彼は今、六歳の双子を育てている父親という立場であり、少し前に成人している。
「だっ、大丈夫だよ!みんな一緒なんだから!」
 とぼけた顔をするわけにはいかないと、速斗は笑顔を取り繕う。
「そうだよね!その通りだね!」
 諒の混じり気のない笑顔。

 ──くっそー!男なのに母性に目覚めそうになるっておかしいよ…!耐えろ俺!耐え抜くんだ!

 諒は良くも悪くも純粋だから、喜怒哀楽に殆ど雑味がない。
 その純粋さを目の当たりにしたひねくれ者は、迷わず諒をいじめの対象にする。
 いじめなんてする人間は、自分のやった相手に対する不快な事柄に対して相手がどんな反応を見せてくるかを楽しんでいる。
 なんとも人間的にねじ曲がった性格だ。
 そういう人間は、何か仕掛けた対象が能面のように表情一つ変えなかったら標的をすぐに変えてしまう。
 彼らは相手が泣いたり怒ったりするのを、集団で眺めで小ばかにしながら笑っているのが大好きなのである。
 だからそういう人間からしてみれば、諒は格好の獲物と言える。
 そして諒に性格上、相手から威圧的な態度や物言いで頭ごなしに抑え込まれてしまうと、自分に非がなくても委縮してしまう。
 反論なんて絶対にできない。
 それに加えて、諒はおっちょこちょいで一生懸命物事に取り組んでいても他の人間よりかなりミスが目立つ。
 そうとなると、いじめられるかっこうの獲物だ。

 だがこのレストラで働く人間は、そんな根の腐ったひとはいない。
 何だかんだみんな心優しく、盛大にミスをすることを含めて諒を受け入れている。
 だからだろうか、諒の混じり気のない無邪気な笑顔が諒自身の実年齢を無視して内面にダイレクトに響き、母性的な何かがうずうずしてしまう。
 それは普段ポーカーフェイスに心治もクールビューティーの和彩もそうだ。
 速斗と同じ思いをこっそりしていて、それに耐えているのかと思うとあの二人も人間なんだなと速斗は思わずにはいられなかった。

 

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