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SF・ファンタジー・ホラー

ウパーディセーサ〈四十二〉

   2016年6月9日  

アツシ? どうしたの、泣いてるの? 泣かないで。悲しんでるアツシを見たら僕まで悲しくなっちゃうよ

 

 
 うっすらと目を開くと見たこともない光景が広がっていた。
 無数のコンピューター、白い壁、白い白熱灯、白衣の男たち。
 頬にザラッとしたような、ヌルッとしたような感触があった。犬が心配そうに俺の顔を舐め回している。
「ようやくお目覚めかい。命拾いしたな。この犬がいなかったら、お前は砂浜でのたれ死んてただろうよ」
 犬の頭を優しく撫でながら、白衣を着たひょろひょろのメガネが呟いた。
「なぁ、この犬の名前は?」
「名前は……ない……」
「馬鹿野郎! なんで名前を付けてやらない。名前ってのはすげぇ大事なんだぞ」
 メガネが俺の顔に唾を飛ばす。一体何がどうなっているんだ? 砂浜でのたれ死んでた? そうか、俺は犬を連れて独り海に来ていたんだったっけ。それで夕日を眺めていたら急に頭痛がして、それで……
「あんたは? 俺を助けてくれたのか?」
 メガネの男が犬を抱き上げた。
「こいつが俺にまとわり付いてきてな。何かを必死で伝えようとしてたみたいだから、俺が開発した動物思考表示装置で話を聞いたんだ。そしたら、ご主人様が浜辺で倒れてるって言うじゃねぇか。急いで浜辺へ行ってみたらでかい男が倒れてる。一旦戻って、研究員を連れてお前を運んだんだ」
「そうか、あんたが助けてくれたのか。感謝する。俺は宮守敦だ」
「平山聖埜《せいや》だ。まぁ、脳波に異常はなかった。ただの片頭痛だろうよ。それより、こいつに名前を付けてやれよ」
 俺は言葉に詰まった。まさか記憶がないとは言えないではないか。どう話を切り返そうと考えていたら、平山が口を開いた。
「まさか、飼った記憶がねぇってんじゃないだろうな?」
「え? なぜ分かったんだ」
 こいつは俺の心を見透かしているのか? いや、そんな訳ない。たまたま言った冗談が当たったんだ。そうに決まっている。
「まぁ、俺はそういった類の事件を研究してんだ。それに俺はお前を何度か見かけたことがある。よくあそこの浜辺に来ていただろう? 毎週日曜日の夕暮れ時に。この犬と、女と、仲良くフリスビーしてたじゃねぇか。もしかして、それも記憶にないのか?」
「俺は……」
 俺はどうかしてしまったんだ。ここ三年間の記憶が曖昧だ。なぜ自衛隊を辞めたのかも分からない。どうしてスポーツ用品開発の会社に勤めているのかも分からない。無味乾燥な日々を送っている。何にもやり甲斐を見出せない。ただ、朝目を覚まし、紅茶を飲み、惰性で会社へ行く。帰ってきて大酒をくらい、自失する。その繰り返しだ。犬なんて何の興味もない。そんな俺が自ら犬を飼う訳がないじゃないか。
 闇黒の毎日は、現実という目を背けてはならない事実なんだ。
「俺の読みが正しければ、お前は被害者だ」
「被害者?」

 

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