幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

SF・ファンタジー・ホラー

〈No.Glasses〉

   

 記憶のコピーといっても今ではコピーメモリー専属の作家がいて、ほとんどが手の込んだ作り話だ。コピーメモリーという名称は、個人記憶の売買が禁止される以前、実際に記憶の切り売りが行われていた頃の名残りにすぎない。
 けれど、先ほど検査したNo.Glassesは本物の個人記憶だった。作り話と実体験では受ける感覚が違う。何度か本物に当たったことがあるが、どれも野暮ったさ、冗長さがついてまわった。【V.M】を利用する誰もが期待するスマートさも、ハッピーエンドのような合理性も整合性もない。成功者で何であれ人の一生は、どれも退屈さという点だけが似通っていた。そんな話が好きだという所長が不思議でならない。そうだ、不思議といえば……
「そういえば所長、前にスクリプトの急激な崩壊が起きるのは再生拒否現象だと言ってましたよね。記憶がこれ以上体験されるのを拒むって。これもそうだと思います?」
 心なしか小さくなった背中を私に向けたまま、所長は黙りこくっていた。まただ。なにかひっかかる。いったいなんだっていうんだろう。
「あの、所長?」
「お前さんはどう思う?」
 背を向けたままの所長の声は、いつもと変らない。なのに何かが違うのだ。
「私は……極端な劣化現象だと思います」
 お前さんはそう思うか。振り返りもせず、淡々と応じると大きな溜息をついた。樹脂ガラスに向けられた所長の表情は、よく見えない。しかし、今晩の所長は明らかに変だった。
「これ、きっとたくさんコピーされたでしょうね。でも、これより面白い替わりっていっぱいあるし、最後は捨てられる。なのに、どうして自分の記憶をコピーしたと思います?」
 そんな話を切り出してはみたものの、所長はしばらく応じなかった。ただ眼下を見据え、冷め切ったカフェラテを飲むだけ。私の手の中のカップには半分以上残っているが飲む気にはなれなかった。
「――かつて、人々が青い星から出る前、いくつものロケットを飛ばしたんだそうだ。今から見ればおもちゃみたいなもんさ。けど、そんなかには自分たちのありとあらゆる言語を残した。誰と接触してもいいように。たとえ接触したとき、自分がいなくても誰かが引き継いでくれればいいように」
「つまり、自分の人生を残したかった。そういうことですか?」
「……ビューヤ、お前さんにはこういう気持ちはないか。いくつも替わりのなかから、ただひとつだけ、自分だけが選ばれる。俺は彼女がそれを望んだんじゃないかと思う。彼女だって自分がしょっちゅう仕入れられて、簡単に捨てられるいくつもの代替品のひとつになるなんて端からわかってただろうよ。それでも、彼女はそれに賭けたんじゃないか?」
「…………」
「さて、俺はそろそろ行くよ。最後の見回りだ。ごちそうさん」
「……えぇ、お元気で」

 

-SF・ファンタジー・ホラー


コメントを残す

おすすめ作品

生克五霊獣-改-4

   2017/12/15

クリーンゲーム

   2017/12/15

アストラジルド~亡国を継ぐ者~アグランド編 第37話「二人の母」

   2017/12/14

探偵の眼・御影解宗の推理 【嘆きの双子】22

   2017/12/14

カゲギョウ

   2017/12/13